重松雄子語録

ひとりごと
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6月が終わりそうなので、なにか足跡を残そうと思い、あわててネタを考えておりますが、今年も半年が終わったんですな。介護をしていると半年は3日の感覚です。ネタが先月と同じパターンで恐縮ですが。

さてと...

「人間は信じたいと思うものを信じる」

最近この言葉がマイブーム。

ご存知カエサルの名言で、別訳は「人間は望むことを喜んで信じる」「見たいと欲することしか見ていない」などありまして、どれも間違っていないのですが、最近の日本人は信じるものがなくて「他人の意見に自分を合わす=秩序を乱さない人」といった感じ。

そんななか選挙が始まっており、各種ネット動画が勉強になるわけですが、それにしても6月だというのに異常な暑さのなかでの街頭演説とは大変な修行ですな。

そんなことより昨日カチンときたことがありまして...

この国の大人は心の病がステージ4の人が多すぎ

他人のことをいえる身分ではないのですがちょっと頭にきたことがございまして...

業務用酵素を頼まれたので右左と紹介したのですが、製造会社が人工甘味料を足したのですよ。それを「たいした問題じゃない」みたいな感じで話してきたのでした。カチン。

それというのはスクラロース。

とにかくいろんな場所で見ますが、お子様大好きカレーのルーにもバッチリ。

この国の中高年はぶっちゃけ利権と補助金にシャブ漬けみたいな社会で生きてきたせいか、自分の発言がまったくおかしいことに気づけないみたいです。

もちろん業務用だとそんなこともあるわけですが、そもそも無添加だからお付き合いしているのに真逆のてんこ盛りに舵をきってくれたお陰でこちらはお客様へ説明する手間が発生するわけ。

ざっくりいえばコストの加減で健康より金儲けということですが、スクラロースは元々農薬開発で云々とか、砂糖の600倍甘いとか、腸内吸収が云々なんて文章を考えているうちに1日が終わり「自分なにやってんだよ」とか思って泣けてきました。

だって誰も幸せにならない、不健康になるだけなんだもの。

ふり返ると私がこどもの頃にも「添加物ガー」という時期があったと聞きます。約半世紀前。「あぁ、そーいえば言ってた」と思い出される方もいらっしゃるのでは?いまでは加工食品だらけですからスーパーも毒を売ってるような場所で、問題はだれも悪いことをしているという自覚がないことでしょうな。

スーパーは生鮮食品と良質の調味料だけで十分なのかもしれません。

明日からスーパーでの販売に添加物禁止!にしたらそれしか残らない。

さて、売上は落ちても自分が思うことを伝えておかないと後で後悔すると思いサンプル商品に人工甘味料のシャブ漬け効果を書きたくった案内文を添えてポスト投函。1円にもならない。時間と郵便料金ぐらい払えとか思います。どごぞの選挙候補者ではないですが人工的なことを自然と感じ、それが快適の基本と勘違いして気づけない人が多すぎて参ります。

このままだとこの国は本当に終わると思いますよ。

 

いまの資本主義は消費社会。収入がふえれば子どもはおのずと増える。あたりまえ

だってね、2,000万人近い日本人が年収200万、300万で暮らしておりましてね、400万あるとスゴイみたいな凋落ぶりですが、仮に400万稼いでも認識が低い大人はコンビニ、ウーバー、出前館、スーパーの惣菜みたいなことだと確実に病気になります。

そうすると、いずれ病気になって医者が儲かり、政府が社会保障費が高いと騒ぎ、庶民が税金ガーというマッチポンプ。もしお金持ちが健康的な食事をできたとしても同じ民族がバタバタと死ねば何がおもしろくてその金持ち子孫は生きるんでしょうね。

「むかしね、この国にはたくさん人がいたんだけどビンボー人は添加物だらけの食べものしか買えなくて、それを食べてどんどん死んじゃったの。可哀想よねー」みたいなこと。

つまりね、そういう方は日本人であるどころか人間である必要がないということです。

給与があがらないと正しい情報を持っていても毒を食べるしか生きる術がないわけですよ。私のような大人はともかくシングルマザーやこどもは大変だと思いますよ。

わたしの家の近所でも「こども食堂」とか「フードドライブ」とかやっていて、それはとてもよい発想だけどそれだけ大量の加工食品を子どもの口に放り込んで罪悪感はないのか?と思います。缶詰、レトルト、インスタントってね、そんな単語を使うのは非常食ぐらいなわけ。

岸田首相、途上国へ5年で650億ドル(約8兆7800億円)以上のインフラ投資を表明
岸田首相、途上国へ5年で650億ドル以上のインフラ投資を表明 記事によると… 主要7カ国首脳会議(G7サミット…

日本は「毎日が非常食」の家庭が山ほどあるのにクズ政府は海外にお金をばらまく。

国民の半分は正しい情報も、お金も、両方ないのですよ。

時々思うのですが、この国の賢い大学にある商学部とか経済学部ってなにを教えてるんですかね。先生は偉そうにあーだのこーだの言われるわけですが国がよくなる兆しナシ。当の学者はしっかり稼いでいるようですが国民は豊かにならず。4年間が無駄に思えますが。

いや、その、昔だと文学や芸術では食えないとか言ってましたけど、こちらは大なり小なり心の豊かさを社会に送り込めているような気がします。経済学部は経済史を学ぶだけなのか?

 

摩訶不思議な街頭演説に吸い込まれる人々

私の人生で1ミリも建設的でない1日を送ったあとに見たのが重松雄子さんの動画でして、似た思考に安堵するわけですが、少子化や不妊治療に関する考察は体験者だけあってパンチラインが強烈。

この方は子どもに恵まれなかったそうですが、子孫が減れば国は消えるわけで、国家存続の危機的状況を案じておられます。

(女性も自由に生きればよいのですが子どもを授かれるリミットがあるわけで...)

私の人生で街頭演説をわざわざ見にいったことは一度もありません。通行中に立ち止まって聞いたこともたぶんない。なんなら自宅の前を街宣車が来ようものならイヤホンでかき消します。

それが気温35度を超え、なんならアスファルトの上は40度を超えてるような場所にわざわざ立ち止まって聞いちゃう人が続出し、なかには熱中症で倒れても聞きたいという人気ぶりだそうですが、その理由はシンプル。

普通のことを普通に話しているから。

間違っていると思うことに対し、まさしく「声を大にして間違いだ。それはおかしい」と発言する姿に聴衆は自分の不甲斐なさを投影している気がします。いつまでも口に白いオムツをして歩きながら耳に届く言葉に当たり前のことを自分がしていないと感じる瞬間が訪れる。

その瞬間が訪れたら最後、「あぁ、私は日本人だった」と思い出す。

街頭演説の内容を聞くと良心が勝手に反省するというのが日本人の日本人たるゆえん。

特にこの3年はコロナ自粛で人生が詰んだ人も多く、お上の指示に従うほど自爆し、それを修正できない状態に対する答えとなっている節も。そして良心の呵責からか涙する高齢者も。

真実はいつも少数派。新しい真理の発見の時は常に少数派である。それが正しければ多数派になる。 - 湯川秀樹

 

問い:毎日遺伝子組み換え食品を食べている国 → 答え:ニッポン

冒頭の話に戻りますがこの国の食べ物は添加物だらけで、もはや元の素材の味すら忘れて思い出せないぐらい麻痺し、日々季節感のないものを食べておりますが、こんな「イロハのイ」みたいな基礎的なことを知らない人が多すぎるんでしょうね。

なにも驚きがない食の常識を「今日はじめて知りました」みたいな人が多すぎ。タイトル写真のとおり週刊誌や本で既出済。

ワクチンへのヒステリック的発言?に毛嫌いされる雰囲気の吊し上げ記事も見ましたが、事実は時間を経てわかることで超過死亡数をみるかぎり死ぬタイミングはさておき「ちょっとおかしい」と思うのがまともな人間のシックスセンスだと思います。

その重松雄子女史の体験に基づく発言は重みがちがいます。

こどもの人生は大人が責任を持たなアカン。

特に小学校・中学校の義務教育。そのうえ給食は1種類です。飛行機の中でね「チキンですか?それともお魚にしますか?」みたいなことではないでしょ?一種類でしょ? 今日の献立「パンと牛乳、おかずが2品」これが学校給食です。こどもは「ご飯にしてください」と言えんわけですよ。この、選択の余地がない押し付け教育、これが最大の国を弱めている原因だとわたしは思っています。(中略)

要はね、こどもはコストなんです。今の国家の考え方。コスト! だから、いかに安い材料で効率的に提供するか。それしか考えていません

いまね、添加物もこまかく表示しなくなりました。まとめ表示。

それから遺伝子組み替え食品も表示してません。みなさんね、隠されて召し上がっていらっしゃいます。ほぼほぼ。例えばね、これから甘いジューがおいしい時期になるかと思うんですけれどもそこに入っている「ブドウ糖果糖液糖」というもの、あれはトウモロコシです。コーンスターチが原料です。それは遺伝子組み換えコーンです。(中略) それを飲み放題だの食べ放題などといって、ちいさい子どもたちの口にどんどん突っ込んでいるんです。知らないで。

あろうことか学校給食にも入っているんです。デザートのなかに。

私はね、給食課の視察にも行きました。大切にね、出してこられたデザートがブドウ糖果糖液糖入りのイチゴデザートでした。こんなもん入れてるんだと思って...そこで、揚げ油とかも倉庫とかへ見に行ったんですよ。(中略) そこに行って私は何を見たか?

「地産地消を目指しています」とおっしゃっていましたけどベトナム産の野菜が入っておりました。冷凍庫のなかに。それから、揚げ油はぜんぶキャノーラ油です。キャノーラ油っていうのは遺伝子組み換えの油です。揚げ油です。

で、わたしは聞きました。「遺伝子組み換えはどうなってるんですか」と。「不分離(正しくは不分別)です」と言われました。不分離ということは9割以上が遺伝子組み換えということなんです。わかってるんです、職員も。だから「不分離」という言葉を使ったんです。

だから「分かってやってるんだ」と私もわかりました。

いまの時代に子どもをコストと思わずに育てられるのは一部の例外をのぞき高給取りだけです。国家も国民も。事実そのようなデータになっております。大卒高給取りだと子どもが3-4人いたりする。わたしのような単なるバカが独身というのは自然淘汰で当然ですが、真面目な思いで生きてきて「なんかちょっと変」と思う20代、30代の若者がかわいそう。

働き方、晩婚化、女性の自立とか好き勝手すればよいのですが、仮に優生思想で子々孫々がつながっても、このままだと最後の最後まで同族で殴りあい叩きあいが続くだけ。

「最後の1人として生き残ってください」としか言いようがない。

なんなら英語で書きたくってみようかと思いますよ。

「インバウンドで来日のみなさまへ」と。むかし日本は経済で世界を騒がせただろ?今は食品添加物で世界一なんだぜ!この国で食べる天ぷら、寿司、ラーメン、粉物、どれを食べてもめちゃウマ。クールでしょ?当然だよ。人工調味料や甘味料、新鮮な遺伝子組み換え原料だもの。生鮮食品だって農薬まみれなんだぜ!おまけに食品偽装で中身は中国産もいっぱい。どんどん日本人と同じものを食べて早死にしてくれ、と。

また日本に来たいと思う理由は伝統文化じゃなくて添加物の中毒性なんだぜ、と。

これらのジャンケット大国が日本。現実ですから。

こういう話題に必ず現れるのが「陰謀(論)」という単語ですが...

 

グローバリストという言葉や考え方は普通に存在しており陰謀(論)でもなんでもない

街頭演説で庶民生活の対極の遥かかなたの「グローバリスト」みたいな単語がポンポン飛びだすことに国民が慣れておらず、これを「陰謀(論)」という単語でまとめないと都合が悪い方もいらっしゃるでしょうし、個人的には「えらくぶっ飛んだ領域まで説明してるなぁ」なんて思いますが、事実だから仕方ない。以前にどこかで書いてると思うけどグレートリセットなんて単語は世界で知られる英単語。

日本独特の表現として「全体主義」といわれることもありますが、語源をたどると軍国主義となれば現代では意味の捉え方が独特に変化しており正確ではないと思います。その後「NWO(新世界秩序)」と言われた時期もありますが「国際金融資本」という言葉がしっくりきたので多くの方がこの言葉を使っています。わかりやすく言えばどの国へ行ってもマックやコークがあり、イオンモールのような大型ショッピングセンターにはお馴染みの会社が並んでる光景です。

そしてトランプさん登場からDS(ディープステート)という単語が登場以降は陰謀論めいた雰囲気で捉えられます。ロスチャとかロックフェラーの話も昔からありますが、個人的にはすべてどーでもいいです。まったく興味ない。

UN、WHO、IMFなどはどれも世界のために動いてくれる機関に見えます。事実そうなんですが別の視点からみると、異なる主義・主張を地球国(ワンワールド)で束ねたような機関でありながら戦勝国がノーと言えば話が前に進まないというのはウクライナ問題からも明らか。

これらの考え方は結果として良し悪しで判断されますが、例えばファシズムでもナチズムでも過激な思想に至るプロセスは「全体(国体)にそぐわないものは切り捨てる」風潮をはらむので、結果としてローカルの伝統や文化は排除されることが少なくありません。そういった伝統や文化も大事と思えば単語としてはナショナリストということになります。

ロシア版マクドナルド、営業開始 新店名は「おいしい、それだけ」 - BBCニュース
ロシアによるウクライナ軍事侵攻を受けて米ハンバーガーチェーン大手マクドナルドが5月にロシア市場から撤退したのを受けて、事業を買い取ったロシア企業は「おいしい、それだけ」という店名に変えて、12日から営業を再開した。

例えば最近のウクライナ問題でいえばロシアからマクドナルドが撤退してロシア人が並んで別れを惜しむようなニュースを見ましたけど、映ってる光景はアメリカのショッピングモールとなんら変わらぬ内容で、私からするとそのことが違和感です。つまりロシアのそういった部分までアメリカ資本が食い散らかしていたということです。

話をもどし、日本は30年かけて貧乏になり、日本の資産を海外へ売り渡す政治家や学者が堂々と国内にのさばり、なかには海外移住で税金対策しながら日本人をカモに巣食うネット害人とそれを崇める人。いまもって外資が激安不動産を買い漁っており、残念なことに為替も円安が絶賛継続中で日本国閉店売り尽くしセールの真っ最中です。本当に。

そもそもこの国の政治は利権のみで動いており「団体献金 ランキング」とかググればいくらでも実態を確認できるのに知ってか知らずか雰囲気に飲まれるのが日本国民のダメポイント。

陰謀論ではなく現実論としてこんなことを続けていてもよいの?という...。

自民と財界、盤石関係 「常連」高額の政治資金:中日新聞Web
自民党の政治資金団体「国民政治協会」(国政協)への二〇二〇年分の企業・団体献金は、二十三億四千万円と高水準を維持した。前年比3・4%減...

それだけ国が老化してるってことでしょうね。

陰謀論という言葉は若者視点だと理解不能な点が多いんだと思います。内容やロジックが飛びすぎて支離滅裂。たぶん右でも左でもなく色もの扱い。でも私ぐらいのジジイになるとそのように斜陽化する社会を生きたことで事実を述べてるだけにしか聞こえません。

とにかく最近は振れ幅が極端から極端です。

 

少子化に関心のない国民は、とうぜん超過死亡も無関心

「マス相手のテレビ情報は正しい」という洗脳がなかなか解けませんな。

死亡超過に関しては海外数値が先行することで約1年前から不穏な数値が予測されており、今年2月末時点で異常なことは誰でも気づけるわけですが、それをいち早く指摘した個人動画で数万再生。6月半ばで少し発言力を感じている個人動画で数十万再生。

つまるところ「この人の考え方による情報は信頼に値する」と考えるのが普通だと思いますが、いまだに組織的情報信奉者やコスパ思考が多いようです。

問題の中身は「毎日すごい数の人が死んでるよ」という事実。

これだけ毎日死者が爆増していることに疑問を感じない国民ですから子どもが生まれないことにも疑問を感じるはずがないのですが、本当に知らないだけか?知ってて迎合しているだけか?不思議な民族です。

単純な疑問として「ステイホームで歴史的接触率低下生活で自粛しても死人が増えてる原因ってなんぞ?」と思うのですが...

 

生きることは食べること - 日本人に合った農業へ戻す時期にきている

いま70歳、80歳、90歳の方々が一様に「こどもに農業はするな」と言い、事実そのようにしてきたおかげでこの国は種から見た自給率は10%以下になっているはずですが、さりとて今の時流に合わせると大規模農業以外は生活が成り立たない。

でも、もう、そういった規模の農業を卒業すべきじゃないですかね。

元々そういう国じゃないんだもの。昔から。

田舎の段々畑などを見ますとね、たぶんほとんどの日本人は「美しい日本の棚田」みたいなうわべの "映え会話" になるわけですが、じっくり観察すると美しさを残すためにやってきたのではないことがわかります。

山のうえの、あんな狭い場所にも作物を植え育てないといけない環境だったわけで、細いあぜ道は農機具も通らない。全てが人力。それを今の時代に残せとか言いますと「じゃぁ、誰がやんねん」となるわけ。誰もやらない。

それが本末転倒になって「景観を残すために農業をする」みたいなことになっているでしょ。全く逆ですよ。景観は結果論。

それでも踏ん張って景観ごと残すとなれば大規模農家はナンセンス。

だれも農業をしない理由は簡単で農家だと食えないから。申し訳ないけれど、昔の農家さんは自然と会話できても経済対話は苦手でこんなことになったわけですが、ややこしいことに農林中央金庫のようなヘッジファンド (...割愛...) だからといって都会の仕事が潤沢かといえば少ないイスの奪い合いです。しかも非正規。

つまりこの国の仕組みがおかしいということですね。

問題は片方だけ変えても問題は解決しないわけです。都会でブラック企業に勤めながらスーパーで閉店間際の値引き惣菜で食いつないでも一向に幸せを感じられないのにいつまでもかじりついている。都会にはブラックでも仕事があるから。

残念ながらそういうところで働く人は自己経営センスがなくて、0を1にする成功事例が人生で一度もないから人生が泥沼なんですね。宝石屋なんて原価0円の石に価値があると思わせて商売してるわけでボロ儲け。そういうプロセスを経験すると誰だってやりたがる。

昨年だったか...

南米の日系移民の本ばっかり読みまくってたことをメモしております。

奥アマゾンの日系人・ペルー下りと悪魔の鉄道
10月は古本を大量購入して読み漁っていたのですが介護周りが忙しすぎて手にしたどの本も途中まで読んでは止まりを繰り返していました。月が変わり11月になってついに1冊読み終えました。それが「奥アマゾンの日系人」という本。こんな凄い本を残した方がいらしたんですね。

かつてアマゾンジャングルの奥地に日本人DNAがあふれていたことに度肝を抜かれたわけですが、久しぶりに動画を漁っていたら「アマゾンを救う森づくり 日本人移民の挑戦」という動画にたどり着きましてね、なかなか面白い内容でした。2008年のNHK BS番組らしいです。

物事はシンプル。

「すべての人に仕事なんかない」と言ってくれてます。しかも日本人ではない人が。こういう考えかたもアリだと思いますよ。仕事がなければ自分で作ればいい。これからは人口も減って土地は売るほどある。とても良いタイミングだと思います。

「農業をしろ」ではなく「社畜な稼ぎだけの生活から抜け出せ」ですな。

農業は作物の成長から哲学を学べる仕事。「産んだものは育てる」という人間の営みの「イロハのイ」です。てまひまかければよく育つ、だけど台風で全部ダメになることもある。農業という仕事の中身は社会の縮図です。当たり前ですよね、植物も生き物ですから。

 

自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが本当に世界を変えているのだから

日本が危機的状況にあるのはなぜかというと、すでに51歳である私のような独身が両親の介護に時間をとられGDPと関係ない生活に突入しているから。自分の老後を準備できる時期に資産を減らしながら親は医療費を食う。40代からやっていますから。

【持続可能な経済の構築に向けて】団塊ジュニア世代の実情~「不遇の世代」を生み出したわが国経済・社会が抱える課題:JRIレビュー Vol.17 No.66(日本総合研究所)
【持続可能な経済の構築に向けて】団塊ジュニア世代の実情~「不遇の世代」を生み出したわが国経済・社会が抱える課題:JRIレビュー Vol.17 No.66-レポートの発表元:日本総合研究所

いま介護がむずかしい判断にまみれている理由は核家族化で分散処理できないことと、福祉サービスも人不足で効率処理する一択だからでしょうね。だから学者でも病院で死ぬことが普通すぎて違和感を感じない。親子年齢もバラバラなら受けた教育の内容もバラバラ。施設にお世話になる年齢も高齢とは限らない。その逆もしかり。

生きかたが違うように死にかたも違って当然ですが、最大の問題は死ぬ側の覚悟も希薄でボケる前に準備していない大人も多すぎですな。

私事を今風にいえば8451問題です。私は親年齢がほんの少しズレたレアケースのおかげで先端を走っている自覚があり、今後日本で起こることが手にとるようにわかります。

この国は介護職も低賃金にしてくれたことで福祉施設がワンオペだらけになっており、ガキの頃に迷惑をかけた親を「はい、施設」と放り込むにはあまりにも忍びない状況と政府の思惑が合致すると居宅介護で頑張るなんてことになります。

51歳というのは大卒計算の団塊jrの先頭。この先数年で私と同じ立場の中年が爆増し、なかには介護が成立しない破綻家庭が続出するなかでの国家修正は至難。

次のチャンスは2025年でしょ?すると私は55歳ぐらいになり、いよいよ氷河世代が50代に突入し始めて、どう見ても「日本は変わりそうにない」雰囲気に覆われているはずです。

「医療・介護業界に迫る「2025年問題」が及ぼす影響と、今考えておくべきこととは」ソリューション・エクスプレス|三菱電機ITソリューションズ
2025年を迎えるまでに5年を切りました。医療・介護従事者の方にとって、2025年問題は今後の医院・施設運営に大きく関わってくる問題です。このコラムでは、改めて2025年問題について詳しくご紹介していきます。

それでも国を滅ぼしたくなかったらこどもが増えない原因を潰す必要がある。

 

まちがいないことは今の与野党のままだと国が滅ぶということ。どちらも目クソ鼻クソです。

与党はガチの左翼で野党はチャンバラ専門店。

 

なにがおかしいってね、というか笑けてきますよ。ホントに。

今の与野党が演説で「あれします、これします、この人いい人、私が推薦します、勝たせてください、日本を前へ、暮らしを守る」とかやってるじゃないですか。

それは毎年おなじみの光景です。

他方で単なる政治団体が学校教育のように「一緒にやりましょう。投票にいきましょう。なんなら白票でも入れましょう。書き方はこうです。自分の権利を行使しましょう」ってね、あるいみ異常事態ですよ。

でもね、徳のある人の言葉に耳を傾けることは大切です。

それにしてもこのCM、このタイミングで響くと思わなかったよ。

先に「摩訶不思議な街頭演説に吸い込まれる人々」に触れましたが、そこで立ち止まって話を聞いているとなぜか涙が流れる理由の答えみたいな動画。

この「Think different」というコピーはジョブズ哲学の言語化ですが、珍しくウィキにもバイアスのない情報が載っております。

要点だけ(これがまた長いのだけれども)抜粋すると...

人生は変えることができると理解すれば、自分で人生を造形していくことができる。それこそが、おそらく何よりも大切なことなのだ。それこそが、人生はそこにあり、自分はその中で生きるしかないという誤った考えを揺さぶって振り払い、人生を抱きしめ、変化させ、改善し、自分自身の痕跡を刻み込むということなのだ。

私はこれはとても大切なことだと思うし、どのようにそれを学んだかに関わらず、それを学んだ者は、このいろいろな意味で厄介なことがらを抱え込んだこの人生を変化させ、より良いものにしようと望むことになるのだと思っている。一度このことを学べば、それまでのままではいられないのだ。

 

街頭演説を聞くと文字通り子どもからお年寄りまで「自分はその中で生きるしかないという誤った考え」だった自分に気づくんですよ。

そうなの。じつは人生はいつでも自分の意思で方向を変えられることに気づくのですよ。

あまりにも自分が物事の本質を見ていない、気づいてもそれを肯定すると高学歴パスポートを駆使した人生を否定するような感覚でも「揺さぶって振り払い、人生を抱きしめ、変化させ」る街頭演説に聴衆は文字通りその言葉に抱きしめられてしまうのです。

(みなさん、その良心を鬼に渡してはダメですよ、と)

だって事実だから。ぐうの音もでない。

(国民の8割は鬼だから)

そして気づいたら最後「それまでの(自分の)ままではいられない」という現象が起こる。それがこのCMのポイント。この言葉に日本人が吸い込まれるように感銘をうけやすいのは当然で、その哲学に禅の思想が入っているから。

以上、自分のカラダは、自分が食べたものでできているメモでした。

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