やりたいことは思った時に即計画実行しないとダメ

ひとりごと
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最近介護周りが忙しくなりはじめてどう立ち回りしようか思案していると、こうして文字を残すことも疎遠になり始めて「ちょっとマズいなぁ」なんて思っております。まぁ、まだ大丈夫。

家のすぐそばを流れる川辺では鮎釣りを楽しまれる姿もあり、歩けばキンモクセイの香りも漂い、「あぁ、秋か」なんて感じさせてくれます。

それにしてもコロナ禍はインパクトがありますね。

危機感が薄れた頃にじわじわとボディーブローのように。

今頃少しずつ感じています。

感染しなければ日常生活はさほど影響ないですが、たぶん世界中の人が人生設計の修正を迫られた年だと感じます。金持ちだから関係ないということでもないような気がします。なぜなら資本主義において金持ちは貧乏人との格差と搾取で儲けてるようなものですから。今はいかに国民を騙して格差維持のまま経済を回せるかに必死の政府に見えます。

さてと…

私の人生設計は、ザックリ書くと「今までの自分の稼ぎを一旦は社会に還元し、人生を楽しむ術の一つを提供し、その後は残り時間で自分がしようと思っていたことをひとつでもふたつでも楽しんで死ねばok」という感じでした。

しかし親の介護が入るとそうはいかない。

私の場合仕事をしてはおりますが、世に言う「8050問題」みたいなことは誰にでも突如舞い降りてきます。ミッシングワーカーなんて誰でも起こり得ます。たまたま「8050」がボリュームゾーンというだけで「6040、6030問題」で悩んでる人だっているわけです。

目下「無子高齢」で少子化ですので、晩婚で子宝に恵まれた方々の「6020問題」なんてことも増え始めているようです。問題の低年齢化。しかも資本主義化では日本がいかにマイナス成長と言えどインフレと戦いますから子育ては大変なことです。

「少子高齢化」を終え「無子高齢化」へ - en1.link
en1.link 「少子高齢化」を終え「無子高齢化」へ

そこで修正を迫られたのが自分の人生設計。

何かを社会に還元する時間を親の介護に充当還元しないと手が足りない状況なので、その部分をカットすると残るは「自分がしようとおもっていたことをひとつでもふたつでも楽しんで死ねばok」だけが残ることになります。

しかし問題は私も高齢化するということ。そう、自分の高齢化。

誰もが感じることですがヤンチャ坊主ができるのは40代までで、50代からは身体的メンテナンスが確実に必要となります。でもまぁ「元気があればなんでもできる」ではないですが、他人の人生ではないので「やってみたかったことをひとつでもふたつでもして死なないと、生き方としても悔いが残るわなぁ」なんて思う10月です。

ということで…

「今までの自分の稼ぎを一旦は社会に還元し」ようと思って集めていたアイテムも整理予定です。ここから180度内容変更で、人を楽しませるために準備していたことを、自分が楽しむための中身へ総入れ替えです。

自分でも想定外ですが、とりあえず1-2年かけてしたいことは決まりました。他にもしたいことはあり、それも、たぶん1年ぐらいは要る。

若い時と違って日常生活に追われる身での準備ですし、若干サバイバルな知恵を身につけて出かける必要もあり、それも多岐にわたるのでゆっくり知識を集めております。まずは活字から。

そんなことを企みつつも親がいつ死ぬかなんて誰にもわからないわけで、蓋を開けると「10年以上介護しちゃったよ」みたいなことになるかもしれませんし、「数年しかもたなかった」なんて展開かもしれませんが、親が死んだ後は1人で行動できます。あえて「自由」とは書きません。独身は決して気ままで自由ではないですから。

人生100年とかいってもね、たぶんどんなに頑張ってもアクティブは80が限界です。75からはブレーキがかかります。50-75は何かしら病気持ち。そう考えると冒険的人生は若者の特権ですね。できれば45ぐらいまでに暴れた方が後々後悔が小さいですよね。

つまり「自分がしたいことは思った時に実行しないとダメ」です。

私も数えで50ですが、最近腰の右側に違和感があります。先日は恒例の予測不能タイミングでの鼻水タラァ〜なことも。四十肩は落ち着きましたが左耳の難聴は相変わらず格闘中。やはり少しずつ壊れてますよね。体は正直。

それにしても…

どこぞのブランドコピーではないですが…ここまで自分のスタイルで人生を歩むと「最後は無難に」といかないのかな。まぁまだ先の話ですが、そのうちやらかします。バカ者ですから。

Walk on.

Follow your own route, not someone else’s.

Step out.

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