人を助けるというのは、難しいことです

ひとりごと
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久しぶりに未来食堂さんの記事を見つけたので自分の仕事用アイデアとして備忘録です。

とはいっても元ネタ記事は1月のこれ["Torus (トーラス) by ABEJA"より転載(2020年1月24日公開)]です。かれこれ半年前ではありますが良い内容でした。

あらゆるメディアがコロナ自粛で取材できなかったので特に4月後半からは過去ネタを引っ張った記事が目につきました。

それにしてもタイムリーすぎます。

新コロ緊急事態宣言下でストレス発散を自己消化できない人は他人にぶつける行動になっちゃうようで、人生経験豊かな年齢の方でも自粛警察が流行っておりましたが、この記事を読むと襟を正す気になります。

未来食堂・小林せかいさんが向き合う 「正しさ」への葛藤

記事によると「未来食堂 = 煩悩を拭い去る心頭滅却修行の場」ですよね。

これってどれだけ多くの人と出会い、自分とは趣味も嗜好も全く異なる人と仲良く接するかを積み重ねないと出てこない修行みたいな言葉ですよね。『「正しさ」への葛藤』って。

分かち合う[SHARE]時代がやって来るらしい。 - en1.link
ここ1ヶ月はシェアの事を考えていました。困ると行動に移るのはDNAか?シェアはシスコ辺りでむくむくと生まれたようです。あの辺り、別段何かを生み出そうとという空気を感じる場所でもありませんが、生まれますね。社会インフラの中にシェアが紛れこみ始めてほんの数年、猛烈な勢いで世界的に増殖の一途です。とにかく「余剰(時間)を共有...

そもそも資本主義には経営者と労働者が儲けを分かつ平等概念はなく、常に格差の煽り合いのなかで、それが終わってないうちに共存を試みるアイデアの未来食堂。

記事を読みなわたしも「困ってる人に"ただめし券"を使ってもらいたい」と思いましたが、本当に器の小さい中年と痛感。だれでも使えると書いておきながら使い手の表層しか見ずにNGを出す心。これは本当に名言ですよ。

人を助けるというのは、難しいことです。 良し悪しの物差しで測ろうとする自分が出てくるから。

言ってみればロスのロングビーチやヴェニスビーチでカラフルなTシャツを着こなすホームレスをホームレスとして認識できない状況に似ております。あの風体で「俺、金がないから飯食わしてくれよっ」て言われたら100%スルーですもの。

ここだけを切り取って記事にすると美談ですが、"ただめし券"は資本主義で生き残るための誰もやっていないマーケティング手法とも言えます。それが本になって「黒字の理由」となるわけですから。そんなことを考えだすと世知辛いですよね。失礼。

どうしてこうも人間は他人の目が気になるんですね。

気にしてるのは自分だけで、ほとんどの人は興味すら持たれないレベルの知名度しかないのに気にするんですね。

未来食堂の「感動的」な仕組みはあくまで表層。毎日メニューを変えながら、いかにおいしいと感じてもらえるものを作り続けるかという挑戦が未来食堂の本質です。

そうではあっても第一義的に「うまい飯が食える場所」が成立してのシステム。当然ですよね。飲食店ですから。

食べて「おいしい」と感じる、感じさせる仕事であり、かつ互助を機能させながら自立する。自分に向いている内容だから修行が苦にならないというやつでしょうね。

それにしても何かに挑戦できる時間を日々送れるというのは幸せなことです。

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