承認欲求にふり回される「見た目」依存の時代 -「美」という抑圧が階層化社会に拍車を掛ける

ありがたい一冊
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中学生の頃から視力が悪いのですが、ここ3ヶ月はグググッと急低下を感じます。

40過ぎると老眼とも言われますが、いよいよ複合的に攻められる年齢に突入しているのかな?とか思う今日この頃です。

さてと...

再び消費について考えていて辿り着いた本から幾つかヒントをいただきました。

人は見た目が8割とか言われますが...

容姿、スタイル、流行への憧れから消費されるものも多いのですが「買ってみたけど自分には合わない」という声はよく聞く話し。その理由は「自分以外のところに基準がある」と書かれていました。

当たり前なんですが、解説していただいた方がしっくりきます。人間は自分と他人との境界線を見極めるのが苦手だったり、比べて優劣を敏感に感じるせいですかね。

途中、「オレ様化する子どもたち」という本からの引用部分は妙に納得しました。

ざっくりと今の子どもたちを「自我が形成された人間になる前に、消費者となった子ども」と書かれていました。これって私のようなファミコン出現辺りからかな?と妄想。

価値を学ぶ前に情報から消費を学び浪費へ。雰囲気で消費する世代ということを逆手にとって商売すると上手くいくということでしょう。

20世紀のファストから21世紀のスローというかエコというかエシカルな流れに関しても興味深かく、スローな思考も人口が減っている国に住んでいるからこそ現実的に理解しやすい文章に受け止められもしました。

それは多様性を受け入れ履歴を含む過程も重視し熟練や勘といった非規格化も良しとしコストではなく自らの積み重ねによる結果を得それら全体を大切にする。故に、ビジネスのストーリーが重要視される流れ。

「世の中は美しくありたい、いつまでも若くありたいと願う女性がいるから華やかで、(お前みたいに)毎日同じ服装で満足する男性と同じだったら寒々しいよ」というのはクライアント談。

まぁ確かにそうですよね。

私は見た目依存の考察を持っていませんが、それ以前の話しとして男と女は「人間」としては同じヒト科でくくられますが「ライオンとヒョウみたいに同じ分類だけど全く違う生き物だうな」と思います。違う動物と思うと自然に「全くスペックが異なる個性」と捉えられ美しさにこだわる理由も理解できるような、できないような。

1969年頃から全国区女性誌が登場し画一化情報が流れ始めたので、逆算すると1950年(昭和30年)前後世代(新人類)が築いたビジネスモデルに踊らされてきた気もします。かれこれ半世紀に渡って洗脳し続けたファッション誌もそろそろ役目を終え廃刊や休刊が増えてますが。

たぶん女性が手にする確率が高い本だと思いますが男性が読んでも面白い一冊だと思います。

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