ネット動画で時間浪費する人へ捧ぐ動画ビジネスの今と未来

映像制作
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「#あさぎーにょ」さんの動画に学ぶ働き方改革(中年向け)
本日は、巷で話題の「#あさぎーにょ」エフェクトをメガ盛りしながら数年に1回の仕事目線なメモでも残してみようかな、と。

元旦にチラッとそっち系のことをメモったら、知り合いから「もっと端的に」というご指摘があったので、本日は丸裸メモです。そもそもここは個人の生息確認要素が強くて堪忍ね。


自分で頭が割れるほど考えること

ポンコツ中年は現存する全オールドメディア思考から抜け出せなくなっています。今までは「週間○○、月刊○○、日曜の夜7時は」みたいに広告側の(儲けやすい)都合に合わせて国民が行動していましたが、今は誰もそんなことをしません。だから「雑誌廃刊」とか「テレビ離れ」とか言ってるわけで、私でも新聞は買わないしテレビ(欄)を見ない。

例えば家にテレビがある、スマホで番組表も見れる、なのにテレビを見ないのはナゼか?逆に言うと「なぜ昔は新聞のテレビ欄を眺めるのが楽しみだったのか?」です。考察はいろいろ書けますが、結論は学びや面白さが減ったから見ないだけ。


「分けて考える人」と「混ぜて考える人」による見え方の違い

ネットにはいろんな動画が転がっています。バズりそうな動画を放り投げ、それに喰いつく行為がかつて新聞テレビ欄を眺めた時のワクワク感。今その集まりはユーチューブのトップページに出てくる「あなたへのおすすめ = 番組表」。

例えば「笑っていいとも」を見て育った世代は、画面に映る「番組観覧希望者者、目立ちたがりや、そっくりさん」を芸能人ではない一般人として認知していました。テレビ側もそうすることで一線を引いて差別化でき、それが半世紀以上にわたって続いてきたのがテレビ。かつて名を馳せた媒体の殆どがプロと素人を分けていました。「芸能人≠プロ」の認知と、物事を混ぜて把握できる世代へシフトの真っ最中。


誰にも共感されないことを恐れずやってみること

ネットは全てがフラット。テレビという旧型ポータルの芸能人がネットにチャンネル開設しても必ずしも伸びない。それでもテレビだと活躍できる理由は、その芸能人をテレビで見て心地よいと感じる人がいるから。この層がいなくなったらシフト完了。紅白歌合戦で演歌歌手を我慢しながらお目当ての歌手を待つ(フォロー)するか、待たずにフォローするかの違い。

例えば「コーラにメントスを放り込む」とか「アルミ玉」動画は一発芸ですが、みんながやっていることを真似て得られる動画への「コメント」による(似非)双方向な共有感は動画制作者にとって麻薬のようなもの。その感覚はやった人だけが分かる。

勇気を出して動画で顔を晒しても、誰にも見られない現実

顔を出せという意味ではないですが、出せば共感度が増すので見てる方も楽しい。でも「興味ない、タイプじゃない、生理的に無理」みたいなことで見られない動画は山ほどあります。まして素人が動画で見てもらえるには修行期間が必要。

例えば私が10年以上前に作った動画だと10万を越す再生もありますが、10年も要してそれです。映像だらけの時代に顔を覚えてもらえる方が奇跡。私なんて顔自体が恥部みたいなレベルでも幾つか転がしてます。再生回数?聞いてくれるな。


爆速で自問自答する若者

昔は大金を投じて学校で教わって、大人に誘導されて「就職希望は広告」とか言ってたことを若者は低コストでネットから見つけ出して自分の頭で組み立ててPDCAしています。

例えばネット動画の「毎日投稿」を見た中年が「こんなバカやってないで働いて稼げよ」という感覚は、映像を消費することしか知らない人の思考。映像を作り、そこで生まれる広告費で、より先の世界を切り開こうとしていることが理解不能。大学には休みがあり勉強しなくても卒業できますが、毎日動画を作っている人は、続けることで生まれるコメントと評価を餌に時代が求めていることを感じ取る生涯学習をしています。

お笑い芸人を目指す人がバイトをしながらテレビに出る日を夢見ていると本当に夢で終わった時代に比べると、何かを伝える道具が全国民の手元にあるというのは大きな変化。


苦労の末に見つけた視聴者を釘付けにするためのワールド化

動画の世界を知らないと何から手をつけていいか分からず「お金」だけ考えると辿り着くのがテクニック解説動画。「早口で喋る」「滞留時間」「オチは最後」みたいなやつ。でもその動画は見なくて大丈夫。

自分の個性を無視した演技好きは研究okですが、リアルもネットも同じ人がよければ自分の好きなこと、感が働くこと、鼻が利くことを伸ばすことに時間を使ったほうが長い人生で見ると、無理のない動画になると思います。なにせ動画表現は生涯学習ですから。


無我夢中になれる自分のツボ把握が大事

何かにどハマりして寝食を忘れるほど好きなことがあると思います。その1点が心地よいからこそのめりこむことが出来る、無我で夢中になれることを動画にしてみることが大事。それが結果として好きなことへ情熱を注ぐこと。

例えば、鉄オタが動画の撮影編集をしていたら、カメラ撮影やパソコン編集の面白さにハマる人も少なくありません。その延長でVtuberにハマることも。撮影編集は感性なので犬猫動画から学ぶこともあります。


今年はリアルに「時は金なり」の意味を知る年

もし「キャッシュレス・ポイント還元事業」が6月に終わったら、誰もが財布の紐を締めます。財布の紐が閉まるとモノ消費が止まるので景気が悪くなりますが、お陰でタダで見れるネット動画の時間浪費は増えると思います。

例えば秋以降にも「あれ買った、これ買った」動画が見れたとしたら、それは動画を作ってる人の財布が潤っているから出来ること。それを視聴者が真似て買うとただの浪費です。クリエイティブな人ほどオリンピックに左右されずマイペースな動画をアップされると思います。

無子高齢化に備えて「多言語 or 非言語」動画のお勉強も大事

今は日本語人口1億のマーケットで商売できますが、ほんの数十年先に終わります。日本以外の人にも見てもらうには外国語化か非言語化が必要。

例えば3-40年後の日本は激変してます。今は2020年ですがここから先3-40年間、月に1日だけ、特定の場所を撮り続けただけの動画をアップしたとします。人口が1億人を割る頃にそれを見ると老人が増え、人が減り、日本社会衰退の様子が分かります。非言語動画完成。

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ということで思いついたことを9つ書き出しました。

今までは「誰かに雇ってもらって得たお金」だけの人生でしたが今は「自分で生み出して得たお金」を足せます。動画は視覚的に人々を感化する要素を兼ね備えているだけ。

インフルエンサーという言葉や定義も今までにないからそう形容されるだけで、それすらも一瞬で過ぎ去るほど変化や定着の代謝が早い時代なので、言葉に縛られず、自分にとって無理のない心地よい世界観を探りながら表現し、Follwerのなかでも共感する人(empathic connection)を増やすことがポイントではないかと思います。

以上、先回アップの要約版でした。

旅先の撮影では「他撮り」がどうしても必要です。「生っぽさ」「リアルさ」と画質を求めるとFDR-AX700に行き着きました。 | デジタルビデオカメラ Handycam ハンディカム | ソニー
クリエイティブアーティスト あさぎーにょ氏に、「生っぽさ」「リアルさ」を求める旅先の撮影で、AX700に行き着いた理由を聞いた。
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