もう一つの日本 – 失われた「心」を探して

ありがたい一冊
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最近「貧乏」というキーワードを並べる曲を聴かなくなった?とか思い、久しぶりに自分のiPodをクルクル。「貧しさに負けた、いいえ、世間に負けた」「恋をするのもソロバン勘定お金がなければご破算ザンス」「シラタキと葱とお豆腐と白菜、肉は入ってないわ、あたしの人生...」、いずれも昭和のお話し。

トニー谷さんのような生き様を曲げない人は居なくなったんだなぁ....とか思う今日この頃。

さてと...

「日本人、日本社会の劣化が止まらない」という言葉を日々の事件事故が実証しており、なんともやるせないニュースに心が痛むものです。

トランクに詰め込まれた子ども、飛び降りる子どもや大人、レイオフの嵐にたじろぐ生活、転職限界年齢36歳。どこで間違えた?と振り返りたくもなります。

この本、ブラジル、パラオ、スペイン、ブータンという場所の日系人の視点で見た日本が書かれており、当たり前のことを振り返るよい機会でした。1年程前に移民について知りたくて調べまくっていると第442連隊戦闘団という言葉に辿り着き、そこからジャパユキさんやらハワイの歴史に飛び、日系人の歴史は(諸外国移民も同じだけど)いばらの道であったことを学びました。

(体は移民先でも心はニッポンという苦行)

印象的な言葉が幾つか出てきたのですが、それは既に無くなりつつある寂しさに感じます。

例えば...

「妻の「あなた!」という呼び声が、一昔前の日本人を思わせる」と。

今こんな風に会話をしている夫婦が居るんだろうか?と。

 

「滞在中、日系人たちから「昔の日本人は」という言葉をよく聞いた」と。

外から見ても変わってしまったことは感じているんだな、と。

 

「(占領下の)日本時代、公学校の教師は日本から派遣された正規の教員...厳しかったが鍛えられた。アメリカの教師は...自由主義、個人主義になって、なんでもミー・ミー・ミー...日本人はすっかりアメリカ化してしまった」と。

こんな「日本人よりも日本人らしい」言葉が新鮮な自分が残念。

ブータンの部分には少々頭が痛い文字。前国王曰く、「人々が貧困を認識するのは、生活に満足感を得られていないからである。貧困状態を定義する満足感は、情報量の多さに比例する。なぜなら情報量の多さは人の欲求を刺激するからである」と。ごもっとも。

ビジネスとしては当たり前なるヒント。

別のページには国営放送ディレクター曰く、「国民はここ数年、物質的な要求が非常に強くなった。その原因は残念ながらテレビにある。私自身、CMを見ていれば欲しいものだらけ」と。ごもっとも。

移民と同じ土俵で考えられませんが「自分の考え方」を持って生きられる幸せを感じていました。

知らない場所へ行き、口に合わないものを食べ、理解不能な言葉聞き、住む場所にも困り、仕事は無く「生き方を変える」しかない。

開拓し、口に合わないものも食べ、言葉を学ぶ。どんなに表面的な生き方を変えても「自分の考え方」や、日本人らしさは捨てなかった。

これからも「japonês Garantido[日本人は確かだ]」と言われたいものです。

考えさせられる一冊でした。

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