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平成30年7月豪雨の爪痕は凄まじかった。広島県は陸の孤島だらけ。

酷かった平成30年7月豪雨の全容が見えてきましたが「やっぱりそうなるよね」という感もありますね。やはりこれだけ大規模で広範囲だとこの機会に学び、覚えておくべきことは多そうです。

 

広島の水害規模は本当に凄かった

ちょっと所用で梅雨明けの日に車で中国地方の山間部を走っていました。広島市内方面へ行きたかったのですが本当に道路が寸断されまくっていました。

カーナビを見ると市内まで概ね70-80キロという位置で身動きが取れませんでした。あと55キロという所まで走っても崖崩れでUターンの連続。情報更新が早いYahoo!カーナビも全く役立たずでした。被害の酷い場所は猛暑の中でも警察官が制服で立っており「意味は分かるけど、その服装で倒れないでおくれ」とか思いますよね。被害が軽い場所は地元の方々が声を掛け合って自発的に迂回路へ誘導。とても有り難く感じました。

ガソリンスタンドは自主規制で1人2,000円給油でした。これも東北の震災から学んだ知恵ですね。

さすがにらちが明かないので途中で車を捨てて新幹線に切り替えましたが大げさな表現なく広島市から福山市に至る全道路、全在来線が麻痺&閉鎖したと言って過言ではないと思います。走る途中に桃畑を目にし、「そういえば桃の季節だなぁ。平時だと長閑で情緒を感じられる場所だろうなぁ」なんて場所がフルボッコ状態でしたから、住んでおられた方の心労を察するに余りある惨状です。

まあ踏まれても起き上がる麦のたとえ話で育つ広島県民は力強く前へ進むと思います。岡山でも愛媛でも事態は同様だろうと思うと次に起こる大災害に備えてすべきことは多そうです。

暑い中ごくろうさまです

 

命の危機 = 親戚一同全員の動きが止まる日

死者は200名を越しています。その多くが高齢者というのは高齢化社会では当たり前ですがそれを他人事のような解説で済ませてもらっても困る話しです。被災者側とて事前にしておくべきことはあるでしょうし救助側もそのような視点で物事を準備する必要性を感じます。

死者が200人を超えましたから身近な親類だけでも数千人の方が悲しみに暮れていることと思います。避難者は4,000人を超えましたから数万人の人が励ましあっていますよね。きっと。

こういう時は関わりのある親戚全員の時間が止まります。

なにもできないのではなく、二次災害で被害の傷口を広げることも不幸ですからじっとしている間に交通インフラは次々と寸断されて身動きがとれなくなります。平時に「今あの人が亡くなったらどうしよう?」という会話はとても大切だと感じました。今妻が消えたら、夫が消えたら、子どもが消えたら、親が消えたら......「死」という究極のテーマが防災の第一歩かもしれません。

消えてから分かることは親戚一同の動きがピタリと止まるということ。見事に全ての動きが瞬時に止まります。それだけ生きていることは奇跡で幸せである再認識が大切ですね。

そこらじゅうが緊急車両だらけ

 

狭いようで広かった日本

私は人生の大半を西日本で過ごしていますが親戚は全国に散らばっています。しかし関東圏に住む親類も今回の災害規模はピンとこなかったようです。これだけ大規模でも大都市では他人事のような空気だったわけですが2つのことを感じました。

  1. 人口が大都市に(一極)集中しているので地方の小さな災害という認識は当然
  2. 大都市で同じことが起こっても地方が手助けできる余力は急速縮小中

こういう災害のあとは必ず感情的な意見も出てきますが経済を回すことも大切なので問題がなかった地域の方々が普段以上にハッスルして働いてくれることが日本全体の大きな助けになっていることも事実です。他方で直感的にそのような発想に切り替えられる思考であったとしても、それが最優先事項ではなく「命があるから経済活動が出来る」という視点はもっと大切だと思います。

近所のファミマは水の山積み

つまり全てを経済一辺倒でお金中心に考えてしまうと後片付けが終わるまでその思考が連続し、心がなかなか晴れません。それは既に東北の方々が経験されていることで、そういう中にあっても歯を食いしばって前に進んでいるわけですがこの規模の災害でも相変わらず経済が最優先されるわけで......。

おそらく国民の半分が大災害で身内を失うような状況になって初めて「大切なものはなにか?」ということに気づくのかもしれません。今は働き方も大きく変化している最中ですが、災害中であっても豪雨地域で平然と日常的な情報更新を続けるアフィリエイターからも学ぶ点は多かったです。

人間は助け合って生きている

 

高齢者の気持ちが理解できた災害だった

普段から色々なアンテナを張り巡らして情報をインプットしていますが、まだまだ自分の身になっていなかったことを猛省する2週間でした。

「真に困っている人を助ける」という言葉の意味は深く、言葉や会話だけでは殆ど意味がないということを痛切に感じました。東北の震災後の街並みは空爆でも受けたかのように木っ端微塵になり、自分でも被災地を歩いて感じていたこと、得たものがありますが、今回の豪雨水害は情報の流れからも違和感を感じることだらけでした。これからは逃げられない高齢者だらけの社会になります。今回は豪雨でしたがメガトン級地震だとかなりの覚悟が求められると思います。

今までは「避難する」ことが当たり前でした。しかしいざ自分が高齢でその立場になると実際には「逃げられず、逃げ遅れる」ことに気付きます。だからといって日頃の準備なく救助されて文句を言うのも筋違い。そのうち「もう放っておいてくれ」という高齢者も現れることでしょう。しかし高齢故に「放っておけばいい」といったことも話題になってくるでしょうね。

よくテレビのニュースで中東が混乱している様子を目にしますが、その状況とよく似てますね。

私は若い時からわりと「死」について考えたり触れることが多かったせいか「人は最期は1人で死ぬ」ということを理解しているタイプですが、案外世間は知らない人、知ろうとしない人が多いですね。それだけ平和ということでしょうね。

既に50歳目前のオジサンですが、改めて指折り数えても結婚式に参加したのは人生で2回ですが葬式は10倍以上になっており、それも高齢化社会ですかね。

早く平時に戻れますように

それにしてもこの猛暑。

復興に関わる人全てがたっぷりと水分補給し、倒れることなくコツコツと少しずつテイクバックしてほしいと思います。

 

東に病気の子供あれば、行って看病してやり

 

西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い

 

南に死にそうな人あれば、行ってこわがらなくてもいいといい

 

雨ニモマケズ - 宮沢賢治

 

 

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