先日ブラジル移民最初(1908年)の船「笠戸丸」の本を読んだので、最後の船も気になって読んだのですが、これはこれでお腹いっぱいになる内容の本です。なにせ船長が執筆されただけあって詳細でリアル。

ちなみに本書タイトルにある「最後」というのは移民の最終盤で活躍した移民船のひとつ「ぶらじる丸について取り上げるよ」という意味で、物理的にイメージしやすい「最終便」という意味ではありません。そういう意味では「2代目にっぽん丸」が最終便(1973年3月27日サントス着)です。
そうは言っても「ぶらじる丸」も同年1月ごろに同じ海域を航行していましたから「移民船というカテゴリー自体が消えるよ」という意味では「ほぼ最後」です。
これもまぁ移民者の視点で見ると「移民船」という俗称になりますが、それ以外の視点で見れば今で言うところの「クルーズ船」のお話。
船というのは飛行機と違って独特のドラマが生まれる場所です。なにせ約2ヶ月もの航行中、概ね目的が同じ人たちが寝食を共にするわけで、色恋沙汰もあれば殺意もあれば出生から死まで。そういった独特の空気感を船長の視点で綴ってあります。
移民視点の記述は少ないのですが、これも船独特の対応と感じる一節がこちら。
船旅的にいえば船内は日本。船長は最高権力者。その人の記録に「替え玉受験による入国」とあるわけですから、まぁ強引ですよね。「入国までが目的」とあらば当然の流れですが船の知識に疎い一般常識だと船長は非常識。こういった船旅独特のシーン解説は面白く読めます。
逆に「つまらない」というか妙味に欠ける点は船内での様子について。けなしてるわけではなく人間の営みのつまらなさについて。
私が30代の頃、飛鳥クルーズに常連のセレブなおばさまがいらっしゃいました。その界隈ではよく知られたお方。船に乗っていれば3食おやつ付きの生活ですから老後を船旅で過ごされたわけですが、どんなクルーズ船に乗っても船内行事はワンパターン。「ウエルカムドリンク、キャプテンガラディナー、フェアウェルパーティー」などなど。クルージング生活も慣れてしまえば珍しさはなく「あ、またか」です。
本書を船旅未経験の方が読むと感心しきりだと思いますが、船旅経験があると「ぶらじる丸の船内イベントも令和時代のクルーズ船内イベントも似たようなことをやってて大差ないんだなぁ。というか殆ど一緒。目くそ鼻くそ。何かにつけて勉強ごっこのようなことやってるんだなぁ。総トン数ばかり肥大化してもソフトは成長せず。それを今でも続けてるんだからクルーズ業界も変化を求められてるんだろうなぁ」なんて感じました。
願わくば、もう少し船内写真が豊富だと旅情をかき立てられたのではないかと思います。
ぶっちゃけ「船の長」による著書ですし、中身が移民船となれば内容も展開も容易に想像できそうですが、読んでみるとそれなりの苦労がありますな。目的や目標の見極め方、決断プロセス、その文章表現などは謙虚な人となりでないと務まらない任務と感じる内容に「こらぁ相当な勉強家じゃないと務まらんな」と思いながら読破。
「移民船」というよりも「(移民)クルーズ船」の航海日誌といった感じの内容なので、船好きや船旅好きにおすすめの一冊です。
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