日系人とグローバリゼーション

ありがたい一冊
この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

2002年の原書『New Worlds, New Lives』の日本語訳が「日系人とグローバリゼーション」で、日系文化人類学者3名の編著による論文集です。

個別の論文は「アメリカ、カナダ、ブラジル、ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ」などの国々の日系視点がとても興味深く深掘りされています。

すでにこの手の本を国別に読み漁り、日本人がどのように入植し、どの地域でコミュニティを形成し、どのように生き延びてきたかの予備知識があるのでとても読みやすかったです。その中でも少し気づきを与える点を全3章のうち1章、2章から少しご紹介。

 

p.52 ハルミ・ベフ著 – 日本が比較的に保守的な社会構造や文化的価値を現在まで保ち続けているのは、日本社会にそぐわない異分子を海外へ棄民として投げ出すことをしてきたからではないだろうか。

(外部化されたものが日本社会に戻り声を上げ始めている?)

 

p.78 ロイド・イヌイ著 – 南北アメリカにおける日系人アイデンティティが時空を超えて維持され再生産されるためはコミュニティが重要であることを示している。…日本人を祖先に持つ人々が、自分の力で、自分が願う権利の拡大を求めるための、重要な足場となっている。教育、言語、救援活動、政治を扱ったここにあるどの章に目を向けよとも、この点はまさにはっきりしている。

(現代ではオンラインコミュニティが多層的かつ多国籍的に展開しており、しかも政治的な場としての意味合いを強めている)

 

p.114 飯野正子著 – (戦争に負けた)日本国民に大量の救援物資を送った組織の一つに「ララ(Licenced Agencies for Relife in Asia)」がある。…「ララ物資」の受領と分配は、当初は連合軍最高司令部から日本政府宛に出された指令によって取り扱われていた。しかし、1950年4月1日からは、この作業はすべて、ララ代表と日本政府(日本国内閣総理大臣吉田茂)との間の契約により取り扱われることになった。…ララの代表は(プロスタント系)教会世界奉仕団、アメリカ・フレンド奉仕団、カトリック戦時救済奉仕団…

(脱脂粉乳、小麦粉、バターなどの洋食生活化、社会福祉の制度設計、国際協力の概念、日本の伝統的集団主義に入り込むキリスト教的個人主義、クリスマスや結婚式などによるキリスト教的文化輸入…GHQの置き土産が戦後80年後の現在も亡霊のごとく存在。日本社会が主体的に受容し、日本化した変化と見るか?文化破壊と見るか)

 

p.162 雨宮和子著 – 日系人コミュニティをボリビア社会のどこに位置付けるべきかという点で、意見が一致しなかったのである。…「1899年にペルーから国境を越えてやって来た日本人はボリビアで最初の日本人移民ではなく、難民だ」「1899年にボリビアに来た人たちはここに移住したんじゃない。ペルーで脱耕した者が流れて来ただけです」「最初の日本人が入って来たのは、ペルーからの金儲けのために流れて来ただけであって、正式な移民として入って来たのではない」

(正規・非正規、移民・難民などで括れない移動の背景にある複雑な事情や当事者の語りの多様性を認めたり、真偽を見抜く力が必要)

 

p.197 エミ・カサマツ著 – どこの言葉を話しても、日本人の心は忘れないで(パラグアイの日系2世でよく使われた言葉)

(日系7世、8世ともなれば多様な日本人像を認める必要性)

 

p.234 アメリア・モリモト著 – ペルーの日系人が政治的な出来事や国内の問題に日々絶えず関心を抱いているというだけでなく、それらに対して明確な意見を持っていることも明らかにしている。一集団として、ペルーの日系人はペルーと自分とをしっかりと同一視しており、ペルーの問題や可能性、そしてペルーの将来に関心を寄せている。
(多様な政治的立場を持ちつつも、日系人が政治から距離を置かない姿勢)
 
p.257 レイン・ヒラバヤシ著 – サンフランシスコの日系人の中には、とても教養があり有能な代表者が数人いるけれども、市の権力中枢への日本人の参入は、実際には非常に遅かった。
(JAP排斥史を見てもマイノリティは常に過剰な能力や模範性が求められる不平等)
どれも興味深い考察ですが2000年ごろのリサーチですからどことなく日本経済が元気な残り香を感じます。2025年現在も日本の経済力は一定の強さを維持していますが基本的には衰退の一途。
(2010年中国に抜かれ3位、2024年ドイツに抜かれ4位、2025年インドに抜かれ5位…)

日系社会のアイデンティティを問う前に、日本のアイデンティティ崩壊に直面する昨今ですが、おそらく今の日本に欠けているのは新しい形のコミュニティ形成なんでしょうね。

いま異常なスピードで西側諸国を席巻するウルトラ極左による大量移民政策とその問題を理解する手がかりも得られます。

日本人の移民史、棄民史も行く先々で排斥の憂き目に遭いながら現代も続く日系コミュニティの栄枯盛衰をふり返りながら、かつては言語習得が生き残りに必須であったことも今ではスマホとSNSの台頭でそれを会得せずとも知らないうちにスッと他国社会へ紛れ込めるデジタルの恩恵は移民ハードルを下げ、問題を複雑化している原因というのも推察できます。

最近は埼玉の一部地域が話題ですが、難民ではない可能性が高い人々が難民制度の隙間に入り込んで長期滞在していることと、日本政府の制度的な曖昧さと放置が問題を複雑化しているわけで、そこを指摘してこなかった日本人も平和ボケに茹でガエル状態という複雑さ。

しかし、かつての日本人も現地で馴染めなかった人々は淘汰されたこと、日系人の定義、生き残った人々の「日系○○人」という分類用語などを理解すると、いま世界で起こっていることがカオスであることがよくわかりますね。

本書には「アメリカ大陸日系人百科事典」もお薦めされていました。機会があれば読んでみたいと思いますが、この手の研究は2000年頃で止まっているように感じますから、現代の問題はAIと共に解決する時代なんでしょうね。

share

コメント