2020年1月の勘違いメモ : 失敗上等『やってみなはれ』が大事

テーマなき雑感の束
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今年も雑感を残そうと思いますが私の心のアンテナが反応したことだけのメモです。日々いろいろなことを思い巡らしても、そのほとんどは中身を問うことなく終わるのですが、今年からは本当にチラリと気になったことだけ残したいと思います。

国産ウイスキー転売暴騰に感じる格差社会

今年からウイスキーを解禁しましたが転売高騰が凄まじいですね。

改めて酒カテゴリーでメモりますが、私はいい歳してますが(たぶん)ニッカウイスキーを飲んだことがなく今月話題の終売品「竹鶴」価格を追っていました。ヴィンテージが10万超えというのは好き勝手してくれればよいですがノンエイジのピュアモルトですら1万円ぐらいしています。これにはびっくり。定価は税込3,300円ですよ。

そこでサイトをウロウロしていると、呑みたいと思っていた「フロム・ザ・バレル」は良心価格で在庫があるようですが「1人1本」と書かれていました。買い占めたいわけではなく、1本でも2本でも送料加減で買物できないのでお金がもったいないので購入躊躇。

そういうものが法外なお値段でメルカリにも並んでおりますが、何が凄いって「竹鶴21年」だと定価は税込16,500円ですが75,000〜80,000円です。そのうち 10%の7,500円をメルカリが吸い上げる仕組みです。メルカリを乞食の集まりと揶揄するにはブルジョア価格。

久しぶりにウイスキー価格、ネット販売、P2Pの流れを感じながら「やっぱり何にでも興味を持ち、目利きを磨いてれば価格が勝手にあがるんだよなぁ」とも思っていました。安く仕入れて高く売るのは商売の基本。これができないと利益は出ません。でもこの流れもいずれ道が分かれると思います。

一億総アナリスト時代ですが、いずれ現実もネットも未編集の等身大(お化粧なしのスッピン)で魅せる人が(結果として勝手に)注目されると思います。そういう無駄のない表現者はネット販売で法外な手数料すら無視した(またその逆も)売買が可能なわけで、そういう人を目指しておかないと金融資本主義のアリ地獄から抜け出せません。

100均好きな年寄り(父親)に思うワクワクさを失った日本の末路

自分の父親ながら「こーゆー人が減らないから価値が低いことが蔓延して経済が悪循環なんだけど、暇な老人が散財しても100均じゃあ日本経済が潤うわけないよなぁ。100均が流行ってる限り格差を生む仕事が消えないって当たり前のことがウチの親でも理解できんよーになってしもーたなぁ」と感じます。

私も利用しますがせいぜい1年に片手以下です。

ネットを見ると100均に対して「ワクワクする」的なことを書かれてる方が多くて驚き。何でも売っているのは分かりますが、そのワクワクな紹介記事を読むと「耐久性や質を求めるな」と書いてる違和感。つまりその「ワクワク感=安い」だけです。

現代の100均は1985年ごろがスタートらしいのでかれこれ35年前。物価は今の半分と言われています。チラッとダイソーの店舗数を見たら、ずーっと右肩上がりに増え続けております。物価2倍で100均需要があるということは、それしか買えない人、そこにワクワクする人が増えているということ。階層のふるい落としと固定化が酷い。

AIがコンテンツを(撮影)編集する時代 ≒ 人間は自分のために生きる時代

システムのAI化はブログオワコン理由の一つですが、これをつきつめて考えると文字でも映像でもオリジナルが大事ということになります。そして今の情報はつねにどこかでAIフィルターを通過しているようです。

改めて過去15年ぐらいの社会変化を考えていたのですが、例えば映像の世界だと他人を撮って稼ぐ仕事が減りました。その理由はスマホに高機能カメラが付いたので撮ってもらう必要が無くなりました。ただ、自撮り行為は年齢層が上がるほど「自己中・自己陶酔」みたいなキーワードに誤変換する割合が増える傾向です。本当は「自分でできることは自分でする」だけなんですが。

今までのSNSは単なる「共有」で「時間、苦労、失敗」の結果各々に表現力格差が生まれました。そこで展開される「きれいなものを共有したい」呪縛によって全員が同じ行動をすることが面白いというステージが終わり、失敗を隠さずに見せる人に「共感」する人がつながる時代へシフトしている最中だと思います。いわゆる「そーゆー経験、私にもあるある」という日常会話をネット展開するだけですが。

老いも若きも自分のために生きる時代。

記憶に留めてもらう努力

今月はホリエモンの動画が私のおすすめに登場。カルロスゴーンさんの一連の逃亡事件で地検へばりつくテレビ局が映像を垂れ流すと暇な視聴者が喰いつくのでメシウマな解説をされていました。私はほぼ同じ世代なので彼が色々あって臭い飯を食って云々という歴史の一端を知っていますがデジタルネイティブ世代でも「デブのおっさんやろ」程度の人はたくさんいます。

その動画を見ながら、かの事件は常識的には人生の大失敗ですが、失敗をコンテンツとして語れるメリットの方が大きい気がしてきました。たぶん日本人の殆どが検察側の「なんか凄そう」的な緩い知識で満足してますが、どんなことでも掘り下げて身につけたことは会話に説得力があるのでついつい見ちゃいますね。ホリエモン動画の面白いところは、ホリエモンフィルターの行間を読める人は自分フィルターの錆具合テストになり、読めない人は炎上という流れ。

自分が恵まれない環境に置かれた時に他の同じ悩みの人と情報交換できない時というのは問題が明確になっていないので答えも出せない時。そう考えるとチャンスはいつでもどこでも転がっています。ナゼと感じたら更に2-3回掘り下げて考える癖は大事ですね。常に疑問に対して自分なりの納得を積み重ねておかないと記憶に留めてもらえるような答えが繰り出せない。つまり「もっと失敗を繰り返せ」ということなんでしょうね。

新型肺炎のパンデミック化

さすがにちょっとタイミングが悪いですね。春節とインフルとの三つ巴。感染拡大したら日本への影響も免れません。これで民泊を渡り歩かれた時には後始末が大変です。

かつてのBSE(狂牛病)もSARS(重症急性呼吸器症候群)も売上が激減しました。今回は残念ながら封じ込めるには時節が最悪なので覚悟しといたほうがよさそうです。たぶん旅行会社が数社逝くと思います。さすがにNYダウもここぞとばかりに調整下げじゃないかと思いますがどうでしょう。

現地に乗り込む軍医関係者の写真を見ましたが、再び戦争ですね。

先日ポール・セローの中国鉄道大旅行を読み返しながら「今も全く変わっとらんがな」と思っていたところでした。中国は広く、人口は多く、政治は狭量な頭数の共産主義なのに自由経済に舵をきったもののトランプさんが自由貿易終了宣言の荒技で振り回されている最中の出来事。過去の経験だと最低3ヶ月はパニックなのでGW明けまで引っ張るでしょうね。

そうこう言ってるうちにオリンピックです。

日本の「モノ作り終了」と「マーケット終了」を垣間みた出来事

もう日本人マーケット衰退は折込済みで、それを読み切った企業は販売チャネルをグローバル展開へ移行済み(過去形)です。見方によってはマーケット衰退済ですが....。

昨年の暮れにメモった包丁購入時に包丁の流通状態を調べまくったのですが、日本人が知ろうとしてないだけで「伝統を残したい企業は海外しか見てないなぁ」と感じました。たった一本の包丁でそれを本当に強く感じました。スーパーとか100均の包丁を使い、2-3年で壊れたら買い直すことを繰り返していたら真実にたどり着けません。

包丁を新調したの巻 : はじめての青紙スーパー鋼

今月は父親のヘモグロビン数値が悪く、鉄瓶を探しました。

実は6-7年前にカラー鉄瓶が流行り始めた頃に興味を持ったことがあり調べまくったのですが、当時のメモが見当たらず改めて調べてました。様子が激変していますね。必ず辿りつく岩手県の南部鉄器も概ね廃業ステージが終わり、残った企業が生き残りをかけて切磋琢磨されておりますが、ここでも「伝統を残したい企業は海外しか見てないなぁ」と感じました。たった一個の鉄瓶でそれを本当に強く感じました。

「日本がものづくり国家として競争力を取り戻す時代は、もう来ない」

今から10年前に孫さんは言い切ってました。あれから10年。結果はいかに。

ラジオで中国独占状態のドローンマーケットへお金を投じて巻き返すニュースを聞きましたが普通に無理ゲーで「既存ラジコン屋とかに金をばら撒くのかなぁ」と思いながら聞いていました。

「ものづくり白書」間違い探しをしている間に変化してしまう時代

長渕剛の介護感にフムフム...みんな人知れず苦労してるな

チラッと金スマを見ました。

私はほんの少し時代がズレたせいで小室のピコピコ系に影響をうけたせいもあり長渕なんて全く興味ありませんでしたが私の兄が高校生の頃にハマっていた時期がありその影響でほとんどの曲を知っています。改めてテレビ番組を見るとそれなりの苦労がある方ですね。ちょっと印象が変わりました。ちなみに今iPodを見たら「巡恋歌、乾杯、CLOSE YOUR EYES、しあわせになろうよ、とんぼ、STAY DREAM、GOOD-BYE青春、雨の嵐山、俺らの家まで、激愛」が入っていました。どういう選考基準で買ったのか....謎。

番組でも取り上げられていた「STAY DREAM」や「MOTHER」は確かに華奢でロン毛の長渕からは想像できない異質な曲の印象でしたが、改めていくつかの曲を聴き直すと、人生をもがき苦しむ魂の叫びのような曲ばかりになっており、人生を背負う曲だらけ。失敗、挫折、鬱積、虚無を音楽でさらけ出し続けた長渕剛の筋の通し方には恐れ入ります。一言でうと人間臭い。逆説的にいえば、失敗や挫折を隠さない生き方をしていないと人間が壊れる証拠にYouTube動画のコメント欄に見る「かっこいい」「助けられた」という言葉の多さがそれを物語っています。

番組をチラ見しただけですが...

まあね、自分の親が壊れゆく姿を受け入れるというのは大変です。私も自分の親が自滅に向かう姿を見ながら口にしそうになるキーワードをグッとこらえることが増えました。今はまだ会話のつじつまが合いますが、これがいつの日か途絶える日が来ると思います。

まだ正常なので両親の言動にカチンと来るのですが、すでに自分で化粧をしなくなった母親が他人に化粧してもらった姿の写真などを眺めていると、そこには自分の意思ではなく他人によって作られた母親が写る違和感に愛おしさを感じ「あぁ、もっと優しく接しないとダメだ。後で後悔する」という気持ちになります。そういう時は自然と涙が出ます。

人を愛する、労わる、慈しむ意味を理屈抜きに学ばされる日々です。

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