日本が多民族国家になる日

ありがたい一冊
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最近の日本では「多文化共生」や「実質的な移民」といった言葉が目立ちます

ネット上でも、プレジデントオンラインが2025年12月23日9時15分に配信した記事のタイトルは「2026年1月に『日本人の国』の終わりが始まる…高市早苗が保守を裏切って進める『民族置換』の衝撃シナリオ」という、非常に刺激的なものでした。

2026年1月に「日本人の国」の終わりが始まる…高市早苗が保守を裏切って進める「民族置換」の衝撃シナリオ
日本に住む外国人が増え続けている。政府は2026年1月にも、外国人政策に関する基本的な方向性を取りまとめる方針だ。この問題を取材するライターの九戸山昌信さんは「自民党はこれまで事実上の『移民政策』を進...

現在生まれている小学生以下の子どもが20代になる2040年代半ばの日本の総人口は、現在の外国人依存度を減らした場合9000万人台前半、現状を維持した場合9000万人台中盤、依存度をさらに高めた場合9000万人台後半になると予測されているそうです。

2023年の政府推計では出生数が67万人台になるのは2040年とされていましたが、実際にはそれが15年も早まる形で到達しています。つまり9000万人という数字はあり得る話です。

もっとも、仮に最も低い水準で推移したとしても、1950年代の日本の人口は約8000万人台でしたから、それでも世界の中で日本は十分な「大国」といえます。

ところが…

特定2号の抜け穴ルールを最大限利用して外国人依存度を高めると、この先20年を待たずして恒久的に本日のタイトル「日本が多民族国家」が決定します。

この総人口「9000万人台」という超刺激的数値が目前にも関わらず国民の緊張感が低い理由は、高齢者が社会問題より自分の健康問題が気になる時代に突入済みだからでしょうね。そうでなければ、自分の孫世代の日本が気にならないはずがありません。

別の見方だと、ここまでの少子化であるということが、そもそも自分の未来を作らない、作れない人生を歩んでいる人だらけであり、「国の行末?そんなの知ったことか」となるのも当然の帰結に見えます。

 

埼玉県「川口市」は…

本日このエントリーを備忘録として残そうと思ったきっかけが川口市問題。それは最近話題の「埼玉の国道で可搬式オービス盗難」とか「川口市クルド人問題」ではなく、本書冒頭の文章です。

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この「別冊宝島106号」は1990年1月10日発売だそうです。

約20人の著者によるコラム編成冒頭は民族問題の扱いが多い黄民基氏によるもの。

その冒頭3行に鳥肌が立って一気読み。

埼玉県川口市は、映画「キューポラのある街」で知られる鋳物の街。景気の回復で、消えかけたキューポラに再び火がともり、外国人労働者が入ってきた。彼らを取りしきる外国人ブローカーや、自らの集団就職の歴史を重ね合わせて彼らを見つめる職人たち、そして彼ら外国人たちを通して浮かび上がってきたのは、日本の戦後経済発展史のいびつな姿と、その波にもまれつづけながら必死に生きている”人間”たちの姿だった!

この文章だけで現在の素地をひしひしと感じます。

ところが文末の展開にさらに驚く。

松原が、自分は5年前まで韓国籍だったことを私に打ち明けたのは、客が引き払って、夜も更けた頃だった。別れ際に松原は、「いろんな意味で、俺はやつらの先輩にあたるわけさ」と、さり気なく言った。

1990年時点で川口市はこういう場所だったわけです。いわゆる「外国人問題」を民族論だけでなく、日本の産業構造や労働史の問題として描いています。

時代が変わっても中身は一緒で「①大企業の労働需要→②制度が追いつかない→③中抜き仲介ビジネス横行→④地域社会での問題調整」のリフレイン。

 

外国人は「働く人、住む人、日本人になる人」の3パターン

2026年2月ごろの国会質疑で高市首相は「移民という言葉に政府として正確な定義を行うことは困難」と言って物議を醸しましたが、私も歴史的に見ると同じ回答です。特別永住者の立ち位置を明確にしなければ移民を語れない構造を自民党政府が作ってきたわけです。

岸田検討史時代もそうでした。

「移民政策は存在しない」という政府の「言葉遊び」への違和感…マスコミが報じない「反対デモ」が表した「不満の正体」
10月26日に全国15都市で開催された「移民政策反対デモ」は、外国人移住者の増加に伴う治安悪化や文化の喪失への懸念が主な動機であり、参加者は数千人に達した。政府は「移民政策は存在しない」との公式見解を...

つまり日本は外国人に対して「住む人」と「働く人」の2つの入口があり、とくに特別永住は核抑止議論のごときタブーな話題のようです。普通の永住権の場合も、法律分類としての永住の話と、その延長線上にある外国人労働者の移民化を政治的議論としては分けて考えるスタンスなので「移民という言葉に政府として正確な定義を行うことは困難」という回答になるでしょうね。方便。

特別永住の区別議論は、その多くは韓国籍・朝鮮籍などを持つ人で日本国籍ではありません。特別永住者は「在留資格」であって、国籍を表すものではないためです。だから「移民という言葉に政府として正確な定義を行うことは困難」となるわけです。

そして「働く人」の間口が広すぎる問題。

技術・人文知識・国際業務(技人国)、エンジニア、マーケティング、通訳など専門職、(名ばかりとはいうものの)高度専門職、最近ビザ問題で話題になった経営者や管理者、特定技能(1号・2号)による介護、建設、農業など特定産業の労働者、料理人などの熟練技能者、グローバル企業の企業内転勤者。その他:大学教授、研究員、医療従事者、介護従事者、興行など専門分野、ワーホリや家事使用人などetc。どんたけ〜。

これらの人々を諸外国では「移民」と呼びますが、日本は「外国(人)人材」「在留外国人」と定義しているのでモヤモヤを感じるわけですが、いずれにしても「住む人」と「働く人」の「日本に居てもいいよ資格」を経由してから「日本人になる」帰化となります。

しかし改めてこの「働く人」の仕事をひとつひとつ見るに…ほぼ全産業ですよ。

(ダメだこりゃ)

 

彼らはあなたのすぐ隣にいる!

本書背表紙に全コラムタイトルが載っています。どれもいま通用するタイトルばかり。流行りの「人不足」は36年前から言ってます。「人が足りない!」と。

そろそろ日本人も気づきましょうね。人手不足は経済界が安い労働力で利幅を増やすための自己都合ということを。失われた36年は経済界、瑩山団体の怠慢とも言えそうです。

「不法就労者増加 = 治安悪化論のウソ」なんてコラムも。しかし文を読むと頭を傾げる。そこには「不法就労者はやむにやまれず罪を犯す」とある。そして「捜査するには通訳が必要だし、実際私も困っています」とも。

(おいおい、やむにやまれず?)

そもそも「不法就労」なのですよ。不法なことを肯定できるはずがない。

36年前の発売時に「彼らはあなたのすぐ隣にいる!」と言われた他人事もいまでは日本全土で「うんうん、その通り」と頷く状況となりました。本書「日本が多民族国家になる日」はアマゾンで1円販売。話題の新書を読む必要もなくこれで十分。

読み応えのあるおすすめの1冊です。

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