武田邦彦語録

人口減少
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武田邦彦先生もまもなく79歳ですか。

ひところはマスコミで言論封殺の憂き目にあわれていた印象ですが、話題の街頭演説をネットで見ましてね、いろいろと考えさせられます。79歳であの演説には恐れ入ります。心地よい疲れとはいうものの、老体にムチ打っての情熱に恐れ入ります。なにせ歳の近いウチの親は要介護ですから、武田先生とて身体的問題を抱えながらの行動と察します。

やはり賢い方はその読書量から難しいことを平たく説明してくれるので自然と信者になるわけですが、さすがに自分がどうすべきかを考えさせられますね。

問題が大きくなるほど日本人の特性「互いを思いやる」で克服した歴史

日本人を外から見ると震災が起きても争いや暴動がない、腹が空いても、急いでいても並んで待つ国民で有名です。それでいて到着時間も守る。外国人はこの現象を説明できないので「ソフトパワー」なる言葉で形容する記事も残っておりますが、そんな低レベルな話ではない。

さらなる問題は、この行動の張本人である日本人が理由を説明できず、説明としては間違っていないけど「そういう民族だから」で片付ける体たらく。だから社会がおかしくなる。

悲劇の中、日本に集まる世界の称賛
【3月15日 AFP】大震災と巨大津波による二重の惨劇から立ち直るとき、日本の国際的な評価はいっそう高まるに違いない。

日本人はだれかに指示をうけなくても他人を尊重し、思いやる心を察し、独特の言葉使いで表現する特殊な民族。空気を読むのもある意味特殊技能で、それを悪用しているのがマスコミ。

 

多様性、物質主義、非合理性の排除とは対極の思考ができる民族だと思います。

アイデンティティを自然の摂理で理解すれば問題を集約できる必殺技を持つ国民で、そうしないと価値観を共有しない人とはケンカしか起こらず毎日がポリコレ。小学生でもわかる話。

(日本人DNAが消えると小中学校で「多様性の授業」とか...おかしな方向へ)

その摩訶不思議な特殊能力が急速に失われた30年、もう少し幅をひろげると1971年の金本位制廃止以降、さらに本質を突くと敗戦後から今日までに大破したから「ここは日本だし、そろそろ日本社会を日本人スタイルに戻そう」という復古な空気が漂い始めております。

 

ただし、ある出来事がおこると特殊能力が働かないことがあります。それは食料難。

お金があっても食べるものがなければ生きようとするDNAが勝るようです。

かの大震災で日本人が整然と行動できた理由は頭の片隅に「食料が自分にあたらないはずがない」という無意識のおかげ。どこかのタイミングで「これはヤバい。死ぬ」と思ったらなりふり構わずの行動になります。

(はだしのゲンでも、火垂るの墓でも)

餓死、物乞い、スリ…戦争が生み出した「浮浪児」その厳しすぎる生活(石井 光太) @gendai_biz
戦争の犠牲となるのは、いつもか弱き者だ。

 

拾ったサイフを交番へ届けられる国民が「徳 > お金」を理解できていない件

時事ネタでいえば「マスクを外せない問題」も根は一緒。

いわゆる「他人の目を異常に気にする」というのがいまの時代ですが、むかしの日本人であれば問題がおわったと思えば仲間で話しあい、「もう外してもええやろ?」と言えば「んだんだ。もう外すべ」で終わること。

むかしと今が似て非なる点は、昔はそこに個人の「徳」を尊重する目に見えないプロセスが介在しているので本当に「んだんだ。もう外すべ」で済む話です。

だから日本語には尊敬語だの謙譲語だのややこしいルールがあったりします。

いまは目にみえる「政府が方針を出したから従う」ということに民族心として違和感が生じるわけです。テレビでも「政府がしっかり」とかいってるそうで...

 

「徳」は人によって捉え方が異なり、世界の偉人を思いだせば各々の功績が異なっていても徳を感じることができます。ウィキペディアにも「徳は人間性を構成する多様な精神要素から成り立っており、気品、意志、温情、理性、忠誠、勇気、名誉...」など書かれていますが「徳を積む」という言葉からして「ものごとを極めた人」といった感じでしょうか。

 

ポイントは自分に徳を見抜く力があるか否か。

これに気づくとSNSで「ディスる」行為はなくなります。「いいね、高評価、チャンネル登録」という強要決めゼリフもなくなります。せいぜい「コメントよろしく」ぐらい。なぜか?

徳のある人がこれらの言動をみると「地頭が足りない」と判断するから。

徳がある人ほど「クソリプ」は黙殺しておわりです。

 

徳についての詳細は割愛しますが...余計なことを書きますが、なんで松下翁はスゲーって思えるのに、政経塾はカスに感じるのか...

人間として一番尊いものは徳である――松下幸之助のことば〈82〉 | 松下幸之助.com
 君が「徳が大事である。何とかして徳を高めたい」ということを考えれば、もうそのことが徳の道に入っていると言えます。「徳というものはこういうものだ。こんなふうにやりなさい」「なら、そうします」という

これもぶっちゃけた書き方をすれば政府発言者に「徳がない」ということでしょうか。

 

皆さん口々に「テレビのワイドショーで御用学者うんぬん」という。

なぜ学問を極めた科学者の話をズブの素人が感性でスルーできるのか?といいば「徳がない」ということでしょうか。

 

そもそも日本人はコロナ禍ではなくともマスクは使う国民なんだもの。なぜか?

言われなくても他人を思いやれる民族なんだから仕方ないじゃない。理屈ではない。

 

孫やひ孫世代が誇れるニッポンを残す方法

こういう動画が日々更新されており、それをみた人が「確かにそうだよな」と思ってしまう要素だらけ。この「確かにそうだよな」という感覚も強制されていない。

私が動画を見て勝手にそう感じただけ。

どの動画も二元論では片付けないし、多元論から集約する会話のすすめ方に「日本人らしいなぁ」と感じます。この日本人独特の感性が目覚めると、これも武田節で言えば「考える必要がないことを考えるのも日本人」ということになる話です。

さて、本日のメモで残したかった御歳79歳の武田先生語録。

 

どこに我々の孫は勤めるんですか?勤めるところがなく中国のコンビニなどに行くわけですよ。しかしそれを作ったのが我々の世代になるんですよ。常に政治というのは二世代前の人たちがどのくらい正しい考えを持ってるかでその孫が助かるわけですね。我々はアジアで最も豊かな生活をしている....なぜこのような世の中になったかというと、それは我々の爺さん婆さん、曾祖父さん曾祖母さんが頑張ったからその恩恵を受けてるわけですよ。今こそね、我々の世代が頑張らないと孫とかひ孫がひどい目に遭うわけですよ。それを今我々が分からなければいけない。 - 武田邦彦

 

言うなれば武田先生による遅きに失した反省の弁ですが、武田先生のキャラ(ではなく徳)のお陰でおもしろ愉しく心地よく聴き流せるわけです。

(だからテレビから消えてもネットでは消えない)

こんなことはいまさらの話ですし、私は独身で子も孫も関係ない、まったくどーでもいい内容ですが、武田先生の子世代が私で、私に子がいたらこの話の孫、ひ孫問題が発生する。

 

そして「二世代前」の考え方。

他人事では聞きながせないポイントだらけ。

 

わたしのような団塊jrは前座です。

問題はポスト団塊jr世代と氷河期世代。

 

晩婚幅がありますが令和4年現在で40代を中心とした親と中学生を中心とした前後年齢の子。

その子たちにすべてを背負わせるにはあまりにも負担が大きすぎるのですが、その子から2世代前に相当するお爺ちゃんお婆ちゃんが是認した社会がいまの日本のすがたです。

 

もちろん前後の世代も相当苦労しますよ。

上は高校生から下は小学校低学年まで。

 

2016年ごろから薄々気づいたエントリーを書き残していますが、あれから6年が過ぎると問題が目に見えて明らかになります。「自己責任」ブーメランが孫世代を直撃しそうです。

 

「勝ち組・負け組」の二元論を卒業し社会の寛容さを醸成する必要性

現実をザックリ言えば「政治は最低でも50年先、国民は3世代家族を見据えて行動しなければいけないのに現実は私のような腑抜け人間が増えて日本が滅びそうだ」という話ですが、今風に反論すると「知ってた」で終わる話。

若者から言わせれば「あんたらが好き放題してきたツケを子どもを産み育ててまで背負わせる気はないよ」という帰結。

そんなことも一旦横に置き...

ズバリこれのなにが問題かというと、話に出てくるひ孫世代を救うはずの私たち世代がまもなく消えるということ。今は「1人が2人を支える社会保障」みたいな寝言を言えますが、ひ孫世代は支える人間が存在しないので寝言も言えない。

よく「2050年の人口ピラミッドおわた」みたいな文字を見ますが若者よ、案ずるな。現実はもっとはやく人間が消えることになるから。

(わたしも2050年まで生きている自信はまったくないです)

急増した人口が急減する自然現象とすれば気にすることもないのですが、ひ孫世代にとって生きやすい環境という意味で絶対に残すべきこと、今のうちに消すべき敗戦後の常識や非常識の取捨選択をすべき時がきたということでしょうね。

何度も書いてますが「人が増える時代の仕組みを止め、減る時代の仕組みを作る」必要があるのに頭のいい人が生産性の低い公務員でぬくぬくしてルールに縛られることを楽しむ国ですから国家が衰退するわけです。

それらをふまえて私なんぞはムダな延命をせず、いさぎよく世を去るのが最大の一助と思っていますが、それにプラスして「何かしてあげられることがあるかなぁ」と考えていました。過去にしたことは、ふるさと納税の用途を「子育て」指定にしていることぐらい...。

 

いまの大人は還暦年齢を過ぎても二元論で会話します。世の中は「AとB、あなたはどっち?」で話をすすめ「私だったらA」といった具合にBを否定し、Aの信者が増える。一見よさげにみえる自己啓発動画もそんなのばっかりです。

こういう動画の人は総じて口が達者。

最近はA層だのB層だのと4分類で頑張って悦に浸る人も現れておりますが、富の格差は桁違い。分類して悦に浸ったところで目くそ鼻くそです。

世界の超富裕層1%、資産の37%独占 コロナで格差拡大(写真=ロイター)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世界の富裕層と貧困層の格差が広がったことがわかった。フランスの経済学者トマ・ピケティ氏らが運営する「世界不平等研究所」(本部・パリ)が発表した。世界の上位1%の超富裕層の資産は2021年、世界全体の個人資産の37.8%を占め、下位50%の資産は全体の2%にとどまった。報告書によると...

知っててやっている、長いものに巻かれる大人が多くて悪質。

 

グローバリストの思考に染まると日本が日本である意味も必要性もない

いまの日本は奴隷賃金で働く人が勝手に増えたわけではなく、経済的にも政治的にも、もっと言えば教育的にも意図的に増やした節があり、他方で無子化を無視した結果奴隷となる分母が足りず「それなら海外から入れろ」的国家運営。

(少子化推進大臣万歳)

海外からの受け入れも方法のひとつですが、それは「誰のために?何のために?」ということを考えた時、国家全体を捉えた考えではなさそうです。

(日本に日本人がいなくなって誰得なのさ?)

今は難民ではなく避難民ならOKというロジックが正論のごとく実行中。問題はその「志」の姿。

なぜならすでに日本国内に山ほど弱者がいても放置されているところに日本語を理解できない避難民が日本で生活し、どのタイミングで社会に溶け込めるのか?正しい気持ちでの受け入れならともかく、新しい低賃金奴隷の国内増殖が目に見えております。

 

今日より明日が良くなる? ホンマでっか?

まともな精神状態だと武田先生に言われなくとも「今日より明日は絶対によくなる」と思って生きるのが普通の人間ですが、労働人口の約半分が「そんなこと人生で一度も考えたことがなかった」という国です。

(ある意味メンタルジェノサイド国家)

お年寄りにも分かる説明をすると、いまは下のような曲が流れない時代ということ。こんな曲を聴きたいという精神状態になれないまでに心がすさんでおるのですよ。

(思わず「ハァ〜...」とため息が出ますな)

国のあり方なんて誰も知りたがらないし、なにより日々の生活で精一杯。

だから精神病院が世界一みたいなことになる。

だって30年間賃金を下げつづけた国だもの。

(その先頭が私の世代となり既に51歳ですから頭が痛い問題)

いまの日本社会は人生での成功体験が一度もなく、今日より明日がよくなると思って生きていない「非正規数 2,073万人(2022年1-3月現在)」のおかげであり、その人々の心を動かせるかで日本は大きく変化しますが...

夢がないと死が怖くない

非正規化による雇用流動性の意味はわかるのですが、その余波で若者の収入が上がらず、デフレ商品しか買えず、国内需要が上がるはずがない。

正規3,568万人が非正規2,073万人を食い物にして国家が衰退している印象です。

 

(なにがスゴイってね、マイノリティが2,073万人ですよ)

 

いまのスピードだと2050年までに日本人が5,000万人消えるかもしれないのに「正社員が勝ち」「非正規は負け」「不足は海外から補充」を続けていると国破れて山河あり。

 

(各省発表の人口試算は大甘だと思います)

 

親の介護からも感じることですが、病気になっても薬漬けで10年ぐらいは生きられる時代。

それを望まない独身男性は早死にするので健康寿命は下がります。そう考えると団塊jr独身♂が元気なのはあと10年ぐらい。おそらく2035年ごろから私の世代がバタバタと消えはじめて後悔しても時すでに遅し。

 

(まぁ戦争にでもなればもっと早く消えますが...)

 

今はラストチャンスではなく、既にシステム終了をクリック済。放っておけば画面は真っ黒。

なんなら電源ボタンで強制リセットするか、穏やかに再起動が必要なタイミング。

 

アイデンティティの意味を体現できる民族は地球上で日本人だけかもしれない

さて、このタイミングで「潰されそうな自動車産業を助けなければ」とか「アジアで第二のウクライナ有事が仕掛けられたら」とかいわれましてもね、文字通り失われた30年社会を生き、他人を助ける義理はなにひとつない人だらけ。

コロナにせよウクライナにせよ本質や真実を見抜く力、判断能力の欠如が集団接種、集団マスク、集団ウクライナファンに昇華しちゃって「あゝ、ほんとうに日本が終わっては困るので声をあげねば」ということで傘寿が近づいても頑張っておられるんだなぁ、なんて思った次第です。

アイデンティティを日々の生活レベルまで噛み砕いて意訳すると「個の尊重」と勝手に解釈しておりますが、世界はそれを封殺する事象に溢れております。WHOの動きなどはまさしくそのようなことで、世界は本当にそれを望んでいるのだろうか?と思うぐらいのワンワールド洗脳社会。

年齢が下がるほど目に見えることしか捉えられず、現象に麻痺し、中毒化するわけですが、これが団塊世代まで浸透しここまでの状況に至ったことは国の末期です。

なにせ今日も市中では他人の表層的視線を気にしてマスクを外せずに歩いてますから。

 

少なくとも80年前の日本人は日本人であったようです。

「私がどうしても滅びてほしくない一つの民族があります。それは日本人です。」

私が、決して粉碎されることのないやうにと希ふ一つの民族がある。それは日本民族だ。あれほど興味ある太古からの文明は消滅してはならない。あの驚くべき發展が日本以上に當然である民族はない。日本人は貧乏だが、しかし高貴だ。人口があれだけ多いのに。 - ポール・クローデル

 

優先順位をつけている時間はない。すべてを受け入れる覚悟が必要

いつの時代も平和は短く、日本は自然にこわされては復興のくりかえしですが、この国に伝わる奥義といっていい言葉のひとつが「武士道というは死ぬことと見つけたり」だと思います。

日本人の特殊能力はこの一文の理解にあると思います。

私も同じ時代を生きていますから、ある意味で自死したくなる環境や気持ちもわかりますが、当然そんな自滅的、破滅的な無駄死にを説いた言葉ではない。当時の武士、現代の企業戦士へのアンチテーゼでもない。

時代にそぐわない言葉に思えますが、おそらく近い将来ふたたび注目されると思います。

この文章は各々の心に自然と醸成されることで理解され、時代を肯定しないと人生を否定することになる人にはストレスなく改心する時間も必要です。

心根にある良心に抵抗した生き方は他人の目には「素直でない人」と映るだけ。

日本はすでにロスタイムを使いはたし、あらゆる分野の常識を壊すことに真剣勝負せざるをえない時代へ突入済であり、文字通り真剣での勝負に犠牲を伴う戦い方が必要になりそうです。

葉隠 - Wikipedia
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