今年になって私が日々使うPCの視界内に常時置いてあった縁起のよいタイトル「世界大恐慌」の本。いつか読み返そうとおもいながら放ったらかすこと5ヶ月。いよいよFOMCの利上げ爆弾が炸裂し、株は1日に13万下げたり上げたりの大忙し。このままだと大惨事のまま来年を迎えそうなので重い腰をあげましたが、このを本を読むのも何度目か…。
しかし、まぁ、なんです。
なんやかんや言っても2022年5月現在の日本はそれ以前の日本となんら変わるところなく平穏な空気が続いているように見えます。欧州で光熱費が暴騰しようが、ウクライナで人が死のうが、北米が天候不良で農作物が不作であろうが何ら変わっておりません。
少しだけ変わったことは1ドルが130円になり日本人の資産が順調に減ったぐらい。
とりあえずドルの価値が戻ってるような雰囲気ですが、本当に価値が戻るかどうかはこれからのお話。そうこう言ってる間に、その日が突然やってくるのかもしれません。
(世界大恐慌)
さて、「大恐慌」意味は知っているようで意外と知らないことが多いのですが、下のサイトでは当時の写真をわんさか眺めることができます。たしか子供を売りに出すような写真も見た記憶があるのですが、まぁ大変な時代であったことがよくわかります。
93年前の社会と今を比べてはダメですが、写真から直感的に受ける印象はこんな感じ。
歴史は繰り返すのでまた起こると思いますが、グレートパニックに似た言葉で最近の流行語がマスコミでは一切語られることのないグレートリセット。ちなみにグレートリセットは陰謀論とかではなく普通に会話されている内容で、企業ホームページにも淡々と載っているぐらいの常識。
はるかローマクラブから続く…割愛。
その話はさておき、久しぶりに読み返しながら「確実なものは何もない。不確実な日々を力尽きるまで泳ぎ続けるしかない」とか思った次第です。
話を戻し、以下「ふぅ〜ん」と思った一節。
久しぶり読み返すと不景気な時は「毎回同じようなことを思ってるんだなぁ」としみじみ。
時代は本など読まずとも動画でサクッと。
冒頭の「ドル体制は終焉」なんて過去何兆回と言われてきたセリフですが、大恐慌時と今では市中に出回っている通貨の発行規模がケタ違いすぎることと、最近なにかと話題のディープステートのような陰謀論ネタがない時代のお話。
巷では上海ロックダウンも新旧政治派閥による対決や独裁者であり続けるための引き締めで、自由経済地区を兵糧攻めで都市ごと叩き潰すなんて話は完全にそっち系ですが、そんなことは微塵も関係ない上海庶民にとっては迷惑な話で、事は生きるか死ぬかの状態でも都市封鎖は継続中で、これが続くと米ドルへの打撃に一役買っているというストーリーが「まぁ、確かによく出来た話だから信じるのかなぁ」とも思います。
(しかも中国は秋まで続けると言ってますょ)
中間選挙まであと半年に迫り、各地で予備選が本格化するアメリカ。オハイオ州で推薦した候補者が逆転勝利し、影響力の強さを示したのが「台風の目」トランプ前大統領。支持者を今なお突き動かすものは――。https://t.co/ReC7airYWY
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) May 13, 2022
それにしても上海のロックダウンは規模が違うので、アメリカで起こったら内戦が起こるんじゃないかと思うぐらい酷いことが進行中。
ディープステートの話って「意味は理解できるけど、地球サイズの仕掛けを理解して実行してる頂点人物は人間じゃないよなー」とか思う今日この頃。
話を戻し、「もし恐慌が起こったら」と思って備えても自分だけが生き残り、豊かな人生を送り続けられるわけもなく、大事なことはお金と自給のバランスかと思います。やはり今は生活が大都市とお金に偏りすぎてますよね。
国家国民の両方共に器が小さい営み。
そして大なり小なりの不況や恐慌が起こるたびに「就業促進局」のようなハローワークが出現しては適材適所など一切関係なく社会維持の都合で「働けることをありがたいと思え」的なチームが生まれるわけですが、今の日本だと2025年に32万人、2040年に69万人に不足する介護職が濃厚でしょうね。
(労働)人口が減りながら、マーケットが縮小しながら、国内市場での売上頭打ちが見えていながら人間は確実に歳を重ね、老いて、動けなくなる日がやってくるのですが、その方々を介護する人が32万人も足りないってね。
しかも2025年、大阪・関西万博開催の年です。
与党の新憲法草案などを眺めますとね、ほとんどの人がスルーしてる項目に「家族の助け合い義務」というのがあります。書かれている内容は「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。互いに助け合わなければならないと規定」とあります。
これを見るたびに「最小単位は家族ですよ。親と離れて暮らしていても親に問題が起こったら居宅介護ですよ。介護が終わった独身は単位ではないからカウントせんよ」と読み取っております。
それは殺伐とした時代であり日本人としてのアイデンティティを問うには遅すぎることになると思います。
ちなみに後ろに写る本「大暴落 1929」は発端となった金融側の裏話が日時までばっちり詳細に記されているので、1世紀内に起こったノンフィクションといっても時代小説のような感覚で一気に読めちゃうのが良いのか悪いのか。
ちなみにこの本で記憶に残る一節は「大恐慌は…10年続いた」です。
2022年5月の世界は恐慌前ですが、世界が驚くような、歴史にない為替や株価推移を経て、ある日ズドーーーーンと大事故が起こり、そこから10年耐え忍ぶ必要があるんですな。
氷河期世代の非正規が忍耐強く、正社員の庶民がポンペイ遺跡のようになることだってあるわけで、その殺伐とした時代を生き抜くには文字通り自分を変える必要がございます。
なにせ100年に1度の世界同時「お金って価値ないし、幻想よ〜祭り」ですから、その時代を生き抜くために「稀少価値という意味ではゴールド買う?」と思ってみたり、「空気を売るサービス業ではなく、物理的生産物が大事。少なくとも日々の生活の糧として」とかね。
この話はアメリカが発端の昔話ですが、当時と状況が違いすぎておりまして…
意外にも要注意な場所は「ウクライナ、ロシア、NATO」などではなく「アメリカ」だと感じております。なにせアメリカ人はスマホ2台持ち感覚でピストルも2丁持ちが通常営業なので、国民のストレスが爆発すると収拾がつかなくなる危険性を秘めております。
さて、最後に少し有名な話が分かりやすく書かれていたのでご紹介。
そして別の折に語られた言葉として有名なのが「公債発行の限度というのは、国民が公債を咀嚼する力である」という一文。
私は甲斐性のない独身ですので咀嚼力はございません。
咀嚼力のある方、ニッポンをよろしく。
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