海流 – 最後の移民船『ぶらじる丸』の航跡

ありがたい一冊
この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

先日ブラジル移民最初(1908年)の船「笠戸丸」の本を読んだので、最後の船も気になって読んだのですが、これはこれでお腹いっぱいになる内容の本です。なにせ船長が執筆されただけあって詳細でリアル。

笠戸丸から見た日本 - したたかに生きた船の物語
今日はちょっとマニアックな本のメモ。簡単に言えば船の職務経歴書。私のことをよくご存知の方でもお付き合いした時期によって印象が異なると同じことですが、現代の船事情だと例えば「あの船、元はカーフェリーが客船になってるらしいよ」ぐらいの知識で事足りるかと思いきや、100年前の話になると...

ちなみに本書タイトルにある「最後」というのは移民の最終盤で活躍した移民船のひとつ「ぶらじる丸について取り上げるよ」という意味で、物理的にイメージしやすい「最終便」という意味ではありません。そういう意味では「2代目にっぽん丸」が最終便(1973年3月27日サントス着)です。

そうは言っても「ぶらじる丸」も同年1月ごろに同じ海域を航行していましたから「移民船というカテゴリー自体が消えるよ」という意味では「ほぼ最後」です。

これもまぁ移民者の視点で見ると「移民船」という俗称になりますが、それ以外の視点で見れば今で言うところの「クルーズ船」のお話。

船というのは飛行機と違って独特のドラマが生まれる場所です。なにせ約2ヶ月もの航行中、概ね目的が同じ人たちが寝食を共にするわけで、色恋沙汰もあれば殺意もあれば出生から死まで。そういった独特の空気感を船長の視点で綴ってあります。

移民視点の記述は少ないのですが、これも船独特の対応と感じる一節がこちら。

貧しい農山漁村の出身者が多く、衛生思想も医療施設も乏しかったことから、結膜炎とか擬似トラホーム(トラコーマ)の患者が多かった。ところが、ブラジルやアルゼンチンなどの移住者受け入れ国では、このような眼病患者は絶対に入国を許可してくれない。だから神戸や横浜の海外移住センターに入居期間および一ヶ月半の航海中に毎日洗眼治療をしておかなければならなかったのである。航海中に極力洗眼治療を施しても、目的地到着までに完治しない人もいた。こんな人に対しては、現地入国時の検眼の直前に即効の目薬を点眼して検疫官の目を誤魔化したり、最悪の場合、看護婦や事務部員が替え玉になって受験するなど、全員無事入国できるよう本船の方も苦心惨たんしたものである。

船旅的にいえば船内は日本。船長は最高権力者。その人の記録に「替え玉受験による入国」とあるわけですから、まぁ強引ですよね。「入国までが目的」とあらば当然の流れですが船の知識に疎い一般常識だと船長は非常識。こういった船旅独特のシーン解説は面白く読めます。

逆に「つまらない」というか妙味に欠ける点は船内での様子について。けなしてるわけではなく人間の営みのつまらなさについて。

私が30代の頃、飛鳥クルーズに常連のセレブなおばさまがいらっしゃいました。その界隈ではよく知られたお方。船に乗っていれば3食おやつ付きの生活ですから老後を船旅で過ごされたわけですが、どんなクルーズ船に乗っても船内行事はワンパターン。「ウエルカムドリンク、キャプテンガラディナー、フェアウェルパーティー」などなど。クルージング生活も慣れてしまえば珍しさはなく「あ、またか」です。

本書を船旅未経験の方が読むと感心しきりだと思いますが、船旅経験があると「ぶらじる丸の船内イベントも令和時代のクルーズ船内イベントも似たようなことをやってて大差ないんだなぁ。というか殆ど一緒。目くそ鼻くそ。何かにつけて勉強ごっこのようなことやってるんだなぁ。総トン数ばかり肥大化してもソフトは成長せず。それを今でも続けてるんだからクルーズ業界も変化を求められてるんだろうなぁ」なんて感じました。

願わくば、もう少し船内写真が豊富だと旅情をかき立てられたのではないかと思います。

ぶっちゃけ「船の長」による著書ですし、中身が移民船となれば内容も展開も容易に想像できそうですが、読んでみるとそれなりの苦労がありますな。目的や目標の見極め方、決断プロセス、その文章表現などは謙虚な人となりでないと務まらない任務と感じる内容に「こらぁ相当な勉強家じゃないと務まらんな」と思いながら読破。

「移民船」というよりも「(移民)クルーズ船」の航海日誌といった感じの内容なので、船好きや船旅好きにおすすめの一冊です。

share

コメント

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました