不透明な時代を生きる私たちのために「お帰り 寅さん」

映画
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今年はコロナのおかげで毎日が休日みたいなことになってしまい、5月頃からふと思い出して見始めたら止まらなくなった「男はつらいよ」についてメモってみたいと思います。

春以降は親に手を取られっぱなしでして、思えばガキのころ親に迷惑をかけっぱなしだった復讐を受けるかの如く色々な試練が襲いかかっております。関西を根城にしていた頃によく見た探偵ナイトスクープや大好きだった水曜どうでしょうも一切見なくなりました。そういう余裕ゼロです。YouTubeでチーム水どうがやらかしている映像もチラッと見ましたが、他にストックすべき情報からすると完全に優先順位が圏外扱いです。それぐらい多忙を極めております。

男はつらいよを見たといっても画面をじーっと眺めてたわけではなく、こんな感じで「ながら視聴」です。

「水曜どうでしょう」もほぼ全DVDを持っていますが、その手前にハマったのが「男はつらいよ」で、こちらは全DVDを持っております。もう20年ほど前になると思いますが帝釈天にも行きました。お団子も食べました。でもまもなく50歳の私も寅さん世代ではありません。

subhead zapping !

2020年現在、寅さん世代はすでに還暦

世代表現に深い意味はないですが団塊jrが知る寅さんは夏休みやお正月映画のテレビCMなどで「ドラえもんとのび太の・・・」みたいな抱き合わせ広告で記憶の人が多いんじゃないかと思います。実際は見てないけどテレビCMや映画館の看板で見た世代。

つまり団塊jrでも寅さんを懐かしいとは感じないのですが...

ホント、そんなレベルでDVDを全部集めて時折見ていたのですが、今回だらだらと見ながらちょっとした発見があって、過去最高に楽しみました。この映画は遺産レベルの映像が残っております。

BSテレ東で4K寅さんがうウケるわけです。

なにはともあれ「さくら」の年齢に驚いた

先日弘田三枝子さんが亡くなられましたが...

いやね、今回DVDを見ながら驚いたのが倍賞千恵子さんの実年齢。私の母親よりも上です。マジで驚きました。ほぼ私の母親と同じ時間軸で生きてこられたことに愕然。上手に、健康に歳を重ねておられます。なにせ最新作の第50作にも出演されてるわけですから。

それと同時に感慨深いものがありました。

今75歳から80歳の人は「男はつらいよ」自体が当時のトレンドを反映しており、第1話から最新作までず〜っと、誰にとっても「そうそう、こんな時代だった」という懐かしい景色の連続です。

今回も1話から順番に見ていたのですが、私が少しずつ懐かしさを感じたのは13話からでした。それ以外も印象的なシーンは後で触れるとし、その時点で私は3歳です。当時の記憶はゼロですが懐かしく感じたわけです。ということは、今の若い方にとっては懐かしさよりも資料映像感覚かもしれません。いやぁ、歳くっちゃったなー。

13話からなんとなく懐かしさを感じ、自分が時代に追いついたのは21話。木の実ナナさんを見ると「ショーガール」とか出雲の「阿国」とか「あぶない刑事」、竜雷太さんは「太陽にほえろ」、武田鉄矢さんは言わずと知れた「3年B組金八先生」で記憶に残っております。私と同世代は同感覚だと思います。

それにしても倍賞さんのお若い頃、美しいですなぁ。

昭和、世相、トレンドを盛り込んだ資料映像の数々

ながら試聴でふと会話がきになるシーンが耳に入ると画面に目をやり、思わず「あぁ、懐かしい」と4-5分見入ってしまうのですがまもなく50歳のオジサンが気になったり吸い込まれたシーンを一挙公開。

公衆電話で10円玉を放り込むシーン (昭和45年8月公開 第5作 男はつらいよ 望郷編)

私が社会人になった頃はテレホンカード(以下テレカ)時代ですが、ガキの頃は正に10円玉の世代。それが100円玉でもかけられる電話が登場した時に意味不明の凄みを感じた記憶があります。男はつらいよではお馴染みシーンですが、遠方から長電話するときに電話機の上に10円玉を何枚も重ねて挑んだ時代が懐かしい。10円玉はその役目すら終えつつあります。

他人の家へ電話するときは時間帯を気にしたり、ちゃんとした敬語を使えるよう教えられたものですが、その経験がない世代が会社で電話を取らないというのは分かる気がします。

電柱の広告(昭和46年1月公開 第6作 男はつらいよ 純情編)

昭和な広告です。昔はどこでも結構見かけたシーンですが今はほとんど見ません。今もあるにはあるのですが、電柱の広告なんて誰もみないですよね。みんなスマホです。

国鉄ポスター「ディスカバージャパン」(昭和46年1月公開 第7作 男はつらいよ 奮闘編)

映画冒頭の小噺シーンで集団就職する若者が列車を待つ駅舎の壁に貼られていたポスターです。集団就職なんてキーワードを懐かしむ世代向け映画であることは言うまでもないのですし、私の世代が知る由もないポスターなんですが、当時としては斬新なマーケティングですよね。

三越の包装紙とモヒカンジェット(昭和48年12月公開 第12作 男はつらいよ 私の寅さん)

時代ですね。三越の紙袋や包装紙にステイタスがあるような時代でした。この名残かどうか知りませんが、我が親も何かに使えると思ってか包装紙を残す世代です。かつては使い捨て容器の弁当を包むのに重宝したような記憶があります。それも今や昔。百貨店は風前の灯。外商という単語すら死語になりつつあります。

そして昔のANA機カラー。これもディスカバージャパンのポスター同様に私の世代が懐かしむ記憶ではないのですが、なんとなく一世代昔の仕様に懐かしさを感じるのでした。

なぜか懐かしい第13作(昭和49年8月公開 第13作 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ)

私が3歳でございます。なぜだか懐かしく、これ以降の作品は少なからず懐かしさがあります。庭で花火をするシーンが特に印象的。もしかしたら自分が3歳のころに親と楽しんだことがあるのかもしれません。今はまさに猛暑日。2020年8月15日前後は全国的に気温37-40度ですが、最近のちびっこは花火なんてしないのかな。

正月の風景が気になる(昭和50年12月公開 第16作 男はつらいよ 葛飾立志編)

男はつらいよでは全編に渡って映画の最後が正月シーンで終わるパターンではありますが、昭和50年公開で着物姿に国旗掲揚。つい最近まで(百貨店の)福袋な消費経済が定着していたのでそれ以前の日本の正月です。

昔の社寺仏閣境内にテキ屋が定番だったのかすら知らない世代なんですが、今のように娯楽もないですし、正月はおせちで主婦が休む期間でもあり...いつから無駄遣いして楽しむ時代になったのかまでは調べておりません。

しかし私の父親などの話しによりますと、昭和30年ごろは隣町の少し立派な神社で催される神楽を見に行き、貧乏暮らしでも出店を眺めるだけでワクワクし、たいそう華やかな印象が残っているようなので山田洋次監督世代にはピンとくる光景なんですかね。

久米明氏の声が懐かしい(昭和51年7月公開 第17作 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け)

今年亡くなられた久米さんですが第17作で市長役として登場されるのですが、あの独特の声に耳が反応して目が泳ぎます。スッとiPadを見ちゃうほど飼い慣らされた声。私は「すばらしい世界旅行」の印象が強いのですが、とにかく私が子どもの頃よく耳にした声。かの大泉洋氏も(あまり似てないけど)真似たお方。喪服蝶とか懐かしいです。

昭和思考満載(昭和51年12月公開 第18作 男はつらいよ 寅次郎純情詩集)

この回で寅さんが口にする「落ちこぼれ、個性が大事にされない、閉鎖的、仲間と遊ぶことができない」というキーワードがいかにも昭和です。改めて「落ちてこぼれる=落ちこぼれ」なんてキーワード、誰が考えたんですかね。勉強したくても出来なかった親世代が「(親として)子どもに夢を託す」なんてくだりも。

この回では「無銭飲食」なんてキーワードが出てきます。昭和51年当時見ても違和感がないとすれば半世紀前の日本はまだまだ貧しかったということです。まぁ、今も貧しいですが...。

見習いホステスって...(昭和52年12月公開 第20作 男はつらいよ 寅次郎頑張れ!)

「 見習いホステスさん大募集 15,000円以上確実」と書かれた立て看板。生々しい。この頃の日給は2,000-2,500円ぐらいだそうで、15,000円ともなれば高給取り。見習いでこのお値段ですからプロとなれば家が建つ勢いです。

牛がいる生活(昭和53年8月公開 第21作 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく)

田舎道で牛とすれ違うシーンがあるのですが...

私の父親が育った実家も牛を飼っておりまして貧乏な家では超貴重な労働力です。家の造りにもよるのですが、牛小屋があるような家は立派な証でして貧乏人の家は「玄関あけたら1秒で牛」ということも珍しくない時代なんですが...それを若干感じさせるシーンです。

三角巾が懐かしい(昭和53年12月公開 第22作 男はつらいよ 噂の寅次郎)

大原麗子さんが"とらや"でバイトするシーンで見かけた三角巾。小学校の家庭科で使って以来ほぼ縁のない姿ですが、画像検索したら今も似たスタイルで安心しました。この時代はスカーフファッションの時代ですが、今再び流行っても新鮮で可愛いいと思うのは私だけか...。

アメリカ人登場(昭和54年12月公開 第24作 男はつらいよ 寅次郎春の夢)

サプリを売るセールスマンとして登場するアメリカ人。私は小学生低学年。1980年代のバブルを先取りするかのような脚本に感じます。ここでは旧千円札を数える様子も映っています。なんでも撮ってみるものですね。お札を数えるシーンだけでノスタルジーです。

トランジスタラジオ(昭和55年8月公開 第25作 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花)

リリーの見舞い中に寅さんが発したキーワードがトランジスタラジオ。このラジオが話題だったのは私が生まれた頃なので既にピークアウト時期ですが改めてキーワードを聞くと時代を感じます。今は生活感のあるネット動画が少ないですが、未来ではアクセスが増えるでしょうね。

あの宅急便(昭和57年12月公開 第30作 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花)

今と同じカラーリングのクロネコヤマト車両が一瞬映ったことで一気に現代に引き戻されました。そうは言っても38年前の映像です。

パソコン登場(昭和58年12月公開 第32作 男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎)

いま見ると滑稽ですが、当時は最先端。台本というより時代の波に自然に乗った結果だと思いますが、そのシーンで時代を感じられるというのがなんとも懐かしい。クレジットをしっかり見てませんが、007映画みたいに物欲を煽るマーケティングを狙ってたりしたらびっくりですが...。

主役は証券マン(昭和59年12月公開 第34作 男はつらいよ 寅次郎真実一路)

歴史は残酷です。昔も今も会社人間は単なる歯車のひとつ。「男はつらいよ」ですらこんな脚本ですから日本中が拝金ムードへ向かってたわけです。でも夢の戸建てはウサギ小屋。

牛は経済動物だ(昭和62年8月公開 第38作 男はつらいよ 知床慕情)

これは三船敏郎氏のセリフなんですが、この頃が1万円札をなびかせてタクシーを止めた時代。それを感じさせない硬派な脚本。この38作を見ながら「人間が経済動物だ」とか思っておりました。

プルトップのポイ捨て(昭和62年12月公開 第39作 男はつらいよ 寅次郎物語)

最近は缶ジュースすら飲まない傾向に感じますがどーでしょう。もう何年も飲んでないような...。いわゆるプルタブ。私の場合はプルタブを指にはめて飲み、飲んだ後の空缶の中にプルタブを放り込んでゴミ箱へポイの流れ。

タコ社長のセリフが...(平成3年12月公開 第44作 男はつらいよ 寅次郎の告白)

今から29年前の映画ですが中小企業タコ社長のセリフが刺激的。「大企業が軒並み定年延長で60歳にしちゃっただろ」ですって。30年後の2021年、定年は70歳になります。この計算でいくと2051年の定年は80歳。この映画のワンシーンが貴重になるわけです。

意外にも面白かった第50作「お帰り 寅さん」

49作で終わってよかったように思いますが...

そーいえば年始早々横尾忠則氏とバトルをされてました。つい先日のように思いますがもう8ヶ月前ですか。日が経つのが早すぎます。

本日の名言
本日の名言

創造は取り込むことではなく吐き出すことです。感情も同じ。今回の週刊誌での抗議は、感情が自分の中を汚染しないために取った手段です。...中略... 芸術作品の根本はアイディアとコンセプトに尽きます。それが理解できない山田さんは芸術家ではありません。 - 横尾忠則

第49作は回顧を強引につないだ内容だったので第50作も期待できない内容かと思いきや、予想に反して楽しみました。みんな歳くっちゃって...。

実は満男(吉岡秀隆)が影の主役ともいえる42作目以降は好んで見たいと思わなかったのですが、50作目のお陰でちょっと印象が変わりました。まぁこの頃から寅さんこと渥美清さんの闘病生活が始まったのですから仕方ないことです。

それにしても、ここまでキャラが濃い寅さんが実在せず、死んで24年も経つのになんとなく生きてるように感じるというのも変な感覚です。全作をぶっ通しで見続けると今でも生きてる人のような錯覚を覚えます。あくまで役柄としての寅さんですがトランクひとつで浪漫飛行みたいな生活はノマドもテレワークも超越してます。50年前からエアビン(民泊)ですから。

人生はトランクひとつで成り立ちそうな気もしてみたり。

―今ぼくたちは幸せだろうか。君たちはどう生きるか―
窮屈で生きづらい時代。困難にぶつかった時、「あゝ寅さんだったらどんな言葉をかけてくれるだろうか」と思いかえす…

―やってくる新時代。
そんな不透明な時代を生きていく私たちのために、昭和から現代に虹をかけるように、今、寅さんがスクリーンに蘇ります!

余談 : 徳永英明の曲が懐かしい...

私が高校生の頃に「輝きながら…」がヒットして以降「風のエオリア」で同名エアコン「エオリア」のCMが流れまくり、その後も「最後の言い訳」「恋人」「Myself」「夢を信じて」「壊れかけのRadio」とヒットを連発したので今でもよく覚えている曲だらけ。その波に寅さんも乗っかったわけですが、なんとも昭和臭い寅さんに平成の曲は不釣り合いに思えたこともあって42作目以降は疎遠でしたが、今回久しぶりに記憶のスイッチが入りました。

なぜか「恋人」をヘビリピ。

たぶん当時も数枚シングルCDを持っていたと思いますが記憶にございません。

当時の音楽シーンは群雄割拠な豊作バブル時代。今は勢いが後ろ向きな時代でランキングを見ると米津玄師、瑛人、あいみょん、髭男、YPASOBI....マーケットが死んでる感が漂っております。

〜・〜

全てを見終わって感じたことですが、日本は1995年11月23日のMicrosoft Windows 95登場で激変しましたね。改めてそう思います。男はつらいよシリーズは幸か不幸か1995年12月23日公開の第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」が生前の寅さんを見られる最終話です。

全く別の視点ですが1995年9月にソニーがデジタルカムコーダDCR-VX1000を発売しました。手のひらに乗るDVテープで簡便に撮影できる時代となりました。この後継機であるDCR-VX2000が水曜どうでしょうで活躍したのはファンの知るところです。私もよく使った名機です。

1997年11月22日公開の第49作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」で寅さんを回想するわけですが、それはデジタル以前の昭和とお別れする儀式のような作品に感じます。なにせマイクロソフトはその後もWindows 98 / 98SE / Meと猛攻勢でしたから。

仮に寅さんが生きていればシリーズが続いていたと思いますが、そこに映る寅さんは否応なくデジタルに順応しようとする姿が晒されることになったはずで、コテコテの昭和臭い人情喜劇が通用しない時代とは言いませんが、早晩シリーズの右肩下がりが予想できます。寅さんにデジタルは似合わない。

いわゆるフイルム時代を生きた人々が令和2年現在も社会を牽引されていたことを証明したのが最新作の第50作「お帰り 寅さん」だと思います。私の両親の壊れゆく姿を見るにつけ、ぼちぼちこの世代も人生の肩ポンが迫られております。

それにしても「男はつらいよ」シリーズは運がいい。

先の1995年も抜群の引き際でしたが第50作「お帰り 寅さん」は2019年12月27日公開です。公開前は「令和でもまだ昭和の寅さんとか言ってるのかよ。時代錯誤だろ」的な前評判も聞かれましたが、明けて2020年の今年は新型コロナウイルスのせいで世界がひっちゃかめっちゃかです。デジタルだけで物事は解決しないこと、人間はコミュニケーション動物ということを思い知らされる日々にこれを見るとほのぼのとした時間が流れます。

天に軌道のあるごとく、人それぞれに運命と言うものを生まれ合わせております。
人の運命などというものは誰にもわからない。そこに人生の悩みがあります 。

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