令和維新をサバイブするためのオススメ巣ごもり読書「遠い崖」

ありがたい一冊
この記事は約7分で読めます。
スポンサーリンク

先週末は緊急事態宣言でも人の往来が激しい場所があったそうで、じっとしていられない大人がウイルス保持者としてばらまいてなければよいが、とか思う先週末でしたが今週末はどーなりますかね。ネットはここぞとばかりにNWO(新世界秩序)なネタも復興の兆しでして、相変わらず陰謀論のようなことがお好きな方は一定数いらっしゃるようです。

なんやかんや言っても「お金ファースト時代」なので「世界の中心で愛を叫ぶ」みたいな言葉が片腹痛いギャグに感じるほど未来が心配な経営者や従業員も多いと思います。現状で落ち着いてる(寝ボケたことを言える)のは公務員ぐらいでしょうね。間違いなく倒産、失業、自殺は増えます。今後一般的にはインフレがやってくる可能性が高いと言われてますが、事実はいかに。

ふと思い出したことですが、20代前半に何回かブラジルを行き来していた時に聞いた、80年代のブラジルがハイパーインフレでパニックになった話しを思い出しました。生活家電(冷蔵庫やエアコン)が毎日1万円ずつ値上がりする状態で、必要な人は電気屋さんに並んで買うわけですが、毎日値上がりする状態なので毎日列が途絶えないという話し。当然町は失業者で溢れ、南米最大のスラム街ファベーラは地獄のような場所と化し、新聞は毎日自殺者情報で溢れたそうです。現地に駐在する日系企業の給料もインフレスライドでどんどん数字が膨れ上がったことを聞きました。

私が世界をウロウロし始めたのは95年ごろで、その頃の日本円は「1ドル=80円」ですので史上最強の円高時代でして「79円75銭」を記録した日もあります。当時インフレと言われてもピンと来ませんでしたが、今頃になって「人の往来が止まり、モノの往来が止まり、お金の往来が止まるとインフレはありうるな」とか感じております。

振り返ってみると、日本円の表層的価値が上がった時代に海外旅行しまくっていたことが人生で唯一の財産に感じます。バブル崩壊以降民間給与が下がる時代を生きており豊かさを実感できないのはそのせいでしょうね。

今という時代がとてつもなく大きな潮目にあることは想像できますが、自分の知識が乏しいと未来予測なんてムリ。そこで楽しんだのが全14巻に渡ってアーネスト・サトウの生涯について書かれている本「遠い崖」です。

アーネスト・サトウって何者

私が書くまでもないのですが、1862年にやって来たイギリス外交官です。佐藤愛之助という日本名を持っていますが1943年ロンドン生まれのイギリス人です。意地悪な言い方だとスパイ。「中央部・北部日本旅行案内」というインバウンド旅行者のための英語ガイドブックを記した人としても有名です。

英国での日本学の祖

1862年は元号が文久になった年ですがwikiによりますと「万延の後、元治の前。大化以降241番目の元号。1861年から1864年までの期間を指す。この時代の天皇は孝明天皇。江戸幕府将軍は徳川家茂。」ということで、今から158年前の話しです。

以前にメモしてます通り、この時代のイギリスはトーマス・クック(1941年創業)により「(団体)旅行」という概念が存在しており、日本人が持ち得てない感覚をアーネスト・サトウは持っており、母国での行動を再現するだけでイノベーターになってしまうのですが、さりとて「旅行記」を書く労力たるや大変なことでして、ご興味ある方は検索されると旅行指南書の一旦を垣間見ることができます。こんな膨大な情報を編纂できたのも若干20歳で外国を知り、外国語習得に勤しみ、異文化をストレスなく受け入れられる才能の持ち主だったようです。

いつにも増してしょーもないことを書きますが、25歳ぐらいまでの旅行経験はその後の人生に何らかの影響を与えますよね。私もサトウと同じ年頃からいろいろな国をウロウロしておりますが、例えば南アジアを旅していた時にバナナのフライをよく食べました。日本風に言えばバナナの天ぷら。ただそれだけのことなんですが、いまだにバナナはフルーツだけど「調理して食べる食材」とインプットされております。常識・非常識ではなく、若い時に得た文化・行動・知識は歳をとっても思考のヒントです。

続・旅行会社が逝くとき『トマス・クック物語』
本日のお題はトーマス・クック。今までの人生で接点の少ない会社ですが、昔の畑を懐かしんでメモしたいと思います。というのもこの会社が作り上げたサービスは今も通用する開祖なので、別の言い方だと業界人だったら全員知ってる会社です。

本書のタイトル「遠い崖」はサトウが見た日本の景色から来ておりますが、人生のほとんどが西日本を根城にした者にとっていまひとつピンと来ないのですが、いわゆる伊豆半島から三浦半島へ至る景色、東京湾に入り横浜周辺の景色、房総半島の太平洋側の景色などに見られる海岸線を洋上の船から見た「遠い崖」なんだそうです。

おそらくイギリスにも似た場所があると思いますが、その年齢で見る景色はその後の人生で独特の影響を与えている気がします。私も20歳の頃にフェリー旅経験がありますが、大海原を航行する船に乗っている小さな自分が、自分の座標を全く理解せずに航海で移動し、ある日突如現れる大陸を見たときの不思議さたるや。言葉も通じない異国に降り立つにも関わらず全く恐怖心がなく、それよりもワクワクやドキドキが勝る年頃でした。

新コロによる外出自粛やリモートワークは明治初期の散髪脱刀令みたいなもの

この本は明治維新の記録でもあり、その当時の様子が克明に記されております。なんといってもサトウの観察力と語学力に秀でたことがうかがえる内容で書き出すときりがない面白さです。

でね、この時代は社会科で学ぶ「散(ざん)切り頭を 叩いてみれば 文明開化の 音がする」頃です。このセリフは江戸時代に流行ったポエム「都々逸(どどいつ)」の一節ですが、今ふたたびそういう歴史的転換点がきています。サトウが生きていたら「そうそう、明治もこんな空気だった」と言うはずです。

ある日突然「家にいろ、外に出るな、買い物は3日に1回、とりあえず10万配る」みたいなことが始まったわけです。しかも程度は違えどグローバルスタンダード。老若男女「オンラインがデフォルト」になってしまい、年寄りがセキュリティの意味も知らずにZoom接続しております。

さすがに緊急事態宣言延長の声が聞こえると多くの人が声高に経済死を叫ぶわけですが、どんなに叫んでも「武士」という職業が復古することがないのと同様のことがおこりそうです。「武士」というカテゴリーごと全て消えることってあるんですよ。今も相撲の世界でちょんまげを見ますし、包丁のルーツをたどれば廃刀令までさかのぼる歴史を確認できますが、それはもはや文化遺産レベルのことです。

ひとことで「業態変化を決めた」といっても今まで自分が携わっていたカテゴリーの延長で考えていると、さっきも触れた通り「カテゴリーごと全て消える」ことを体験することもあり得ます。

『経験は変化の邪魔をする』

まず一旦は現場から「勇気ある撤退」、次に「いま必要とされることで稼ぎ」、それを続けながら「新しい波に乗る」ことが生き残る全てでしょうね。ネット動画を眺めていても「武士は食わねど高楊枝」な内容が乱立していますが、5月は一波乱ありそうです。今ネット動画で見られる状況は下のような印象です。

明治6年(1873年)3月敦賀県(現在の福井県)で、断髪令に反対する3万人が散髪・洋装の撤廃を要求した一揆が発生し、6人が騒乱罪で死刑となっている。この一揆は、嶺北地方の坂井・大野・今立郡に及んだ。 -wiki 散髪脱刀令

一揆を起こしても時代の流れには逆えず、今では散髪・洋装がフツーです。

できないことで悩み嘆くよりも、できることに挑戦した方が人生という有限時間における適応レベルは上がりますしライフポイントも長持ちですが、その時代から今まで「浪人」ということばは残っており、どうしても一定数は浪人という調整弁が働くようです。

興味ある方は「武士 転職 給料」みたいな検索でお楽しみください。興味深い小話を山ほど確認できますよ。明治時代の1圓が今使えないと同様、今の1万円が未来永劫使えると思うのが間違い。

過去の歴史に学べることは、「世の中には言葉としてしか残れなかった、現代では実在しない仕事が山ほどある」わけで、そういう変化を楽しんで、いつでも新しいことへ飛び込む好奇心を維持した日々を過ごしたいと感じる読書時間でした。

最後に自分も歳くってんなーと思った写真を1枚。

Card

アーネスト・サトウは当時の名だたる著名人との交流が深かったわけですが、この写真に写る面々とも会って会話しております。真ん中に写るは岩倉具視。団塊jr世代の私が知る岩倉具視は500円札に描かれた正に散切り頭ですが、明治6年ではちょんまげ。しかし足元は革靴。変化しないと生き残れない時代だったみたいです。

Card

こういう時は「新しいルールを作ったもん勝ち」みたいな時代を楽しんだもん勝ちですかね。なんとなく社会にうさんくさい空気を感じると過去の歴史から学びたくなるもので、とくに明治時代は社会が激変した時だけに、今まさに興味深く読めるおすすめの14冊です。

個人的に感じていることは、常に「足し算思考の変化」を生きてきた乾けない世代にとって、移動制限されて強制的に止められた状態はある意味で心地よく、消費社会が強制的に止まり、今のところ止まっても消費者の立場で全く困らず、未だなおあり余る消費欲を目にして更に「引き算思考へ変化」する自分がおります。

0
share

コメント

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました