続・旅行会社が逝くとき『トマス・クック物語』

本日のお題はトーマス・クック。今までの人生で接点の少ない会社ですが、昔の畑を懐かしんでメモしたいと思います。というのもこの会社が作り上げたサービスは今も通用する開祖なので、別の言い方だと業界人だったら全員知ってる会社です。クックの廃業が日本へ及ぼす影響が少ない理由は、日本はかつてのクックに倣ってアレンジできる会社が育った結果というのも大きいでしょうし、日本式の限界によりクックの後を追う会社も増えると思います。

この倒産劇は日本だとJTBが潰れるようなものですが、衝撃度としては松下電器が倒産して松下幸之助を偲ぶようなことで、イギリス人もショックな出来事です。

久しぶりに学び直すと色々と参考になることがありました。

トーマス・クック、偉業の数々

細かいことを調べると「これもかよ」みたいなことがたくさんあると思いますがよく知られた偉業は以下8ポイントだろうと思います。

  1. 旅行を大衆化した
  2. 自分のサインだけでお金の支払いと換金を可能にしたトラベラーズチェックの発明
  3. ホテル代金支払い回収にヴァウチャーを発明
  4. 「移動+宿+α」パッケージツアーの元祖
  5. 大人数(団体)で利用する故に安い価格で提供し旅行代金を下げる技等の発明
  6. 旅先のガイドブックを普及させた
  7. ヨーロッパ鉄道旅のバイブル「トーマスクックコンチネンタルタイムテーブル」刊行
  8. 観光を産業にし、世界で莫大な雇用を生み続けている

文字だと偉大さが伝わりにくいですが最初の鉄道ツアー(というよりは鉄道を使った遠足レベルの旅)が1841年(天保12年)だそうです。当時は自分が生まれた場所から30キロ圏内を移動する概念すら乏しい時代だったらしいので画期的だったそうです。そんなアホな!?と思いますが、その頃の日本は幕末で「散髪脱刀令(1871年)」よりも昔ですから日本人は丁髷(ちょんまげ)に刀の時代。クックのアイデアはかなりブッ飛んだサービスだったと思います。

日本旅行の社史などを知るとクックを真似た内容にも見受けられます。

Card

人海戦術だけどイノベーションの祖

学べることが多いと感じたのがこの部分。

英国内だけを弥次喜多道中するのではなく欧州全域からアフリカへもストレッチして海外旅行商品にしたわけですが、どの国も等しく同じサービスレベルを維持するのは難しいのでエジプトのナイル川遊覧では船自体を運行しちゃったというのは有名な話しです。しかも何隻も。衛生管理を指導し難い場所はホテルを買ったり建てちゃうイノベーター。そこでは一昔前に流行ったホテルヴァウチャー(クーポン)による支払いシステムの確立。困っていることを解消すれば金になるお手本。

"One of the dahabeahs of Thomas Cook & Son, (Egypt) Ltd.".jpg

今までにないものを提供する会社として世界で「Thos. cook & son」ネットワークを広げて現在に至ったわけですが、直近の四半世紀はデジタル革命の真っ最中でも表層だけ整えて頑張ったハリボテ経営も分かる気がします。なにせルールそのものを作った会社なのでトップランナーと思いきや、実は完全に周回遅れ。今更ながら私が社会に出て今に至る約30年が変化し続けていないと残れなかった時代というのが分かります。日本だと「印鑑ってまだ要る?」みたいな感じですかね。

もうひとつ面白いことは旅の目的地選び。

まぁガイドブックを出版できるほどデータ蓄積されていたというよりも、「ここが観光地だ!」という定義すら決定できるほど斬新な事業展開を想像すると、クックで働いた人は苦労と共に得るものが大きかったと想像します。これもよく言われることですが、ヨーロッパの観光地でクックが目利きした地域は今でも観光地として栄えている場所が多く、基本的に歴史、文化、自然を大切にしている動物的嗅覚と千里眼チョイスですが、これは今もって全世界で共通の傾向があります。国毎の特徴を情報戦でも制した感があります。

例えば日本では今更インバウンドが話題ですが、約1世紀前のクックの資料を見ると勉強になります。基本は船で横浜ゲートウェイの旅程ですがキーワードを拾い上げると「鎌倉、日光、東京、箱根、富士山、三重(伊勢神宮)、名古屋、京都、奈良、大阪、神戸、宮島、長崎」。昔も今も全く一緒。つまりこれ以外の場所でインバウンドはダメじゃないけど猛アピールしないと世界が振り向いてくれないということです。さらに面白いのは1873年に金持ちを率いた世界一周旅行のディスティネーションに先の都市が載っています。私はその当時の日本が世界からどういう眼差しで見られていたのか想像できませんがアジアの端のファーイーストな、地図で見ても大陸から離れた場所を旅の目的地に選ぶ感性がたまらなく好きです。有り得ないですよね。

 

魅惑の帝国「日本」の近代旅行史

今更ながら商業的な旅行史がとても短いことをひしひしと感じます。

近代旅行業の歴史は200年もありません。正にトーマス・クック誕生後。たったそれだけ。それ以前は軍事的旅行史です。そんな一瞬のタイミングに居合わせ、そういう業界の仕事をカジっていたことを懐かしく感じます。

ネットに残る1世紀前のクックによるジャパンツアーの挿絵や写真を見ると「よくこんな時代に日本で旅行とかやったな」というぐらい凄い画がゴロゴロ出てきます。人力車はともかく、神輿スタイルで肩で担ぐSedan Chairsに傘をさして乗るご婦人の姿と腹掛けに草履姿の日本人がアンバランスすぎて「観光というより秘境探検じゃね?」という奇妙さ。別の写真には(たぶん)菖蒲と思われる花の後ろで蓑(みの)と傘に身を包んで佇む男性の姿。こんな国にわざわざ来たイギリスの金持ちの姿を拝みたいぐらい不思議な出で立ちの日本人です。

写真だけ見るとそういう印象を受けますが、本を読むとなるほどな行がいくつかあります。

横浜で彼のグループは「純英国風」のホテルに宿泊し、故国を出て以来「最も美味しい牛肉」を食べた。英語の表示も至る所にあり、鉄道でも英語が十分通用した。

今から100年前の横浜の話しです。英語対応問題なしという事実。宿はやっぱり初出店のホテルニューグランドですかね?

仏教寺院や江戸の将軍達の廟(外国人だけに訪問が許される)にグループを案内したが、「彫刻、金箔張り、装飾類の豊かさはどこで見たものよりも素晴らしかった。」。

廟というのは墓地や供養塔を指すと思いますが、例えば江戸付近で左甚五郎の宮彫りを見れば今でも「マヂかよ」という異彩を放つ姿ですし文化継承は大事ですね。

瀬戸内海は「島と山々のちりばめられた湖のような海という知識からクックが予想していたいかなるイメージをもはるかにこえる美しさだった。」。

いわゆる「多島美」でしょうね。確かに美しい。似た場所は世界に沢山ありますが、やはり気候風土が育てる違いがありますよね。

この後一行は上海での劣悪な歓迎を日本のそれと対比して受け入れがたいとし、そそくさとシンガポールへ移動し、その後インドへと向かいました。インドといえばイギリスの植民地でガンジーが登場し....歴史はつながっているから面白い。この本を読むだけで旅行が商品化される前の「イロハのイ」みたいなプロセスが学べます。

ちなみに1900年前後の旅行ガイドブックは今も1万円程度で入手できますがめちゃくちゃ面白いですよ。今のガイドブックは似非トレンドで煽る内容ですが、1世紀前は大真面目に文明・文化を探求しています。かなり細かく見ると同じ写真が反転してクックのガイドブックに使われていたりします。とても貴重な写真の数々です。

 

トーマス・クックが逝った理由

Brexitによる混乱や欧州全域での殺人的酷暑による予約減も影響していると思いますが本質はデジタル化の遅れによるものが濃厚な雰囲気です。裏話としてはCDSでボロ儲けした金の亡者に翻弄された感が否めません。

Forbesの記事は「60% of Britons took a holiday abroad in 2018, just one in seven bought a package at a “brick and mortar” travel agency.」と書いています。もう店舗窓口で聞くべき情報は無く、無店舗でokという時代に無駄なコストを垂れ流していたようです。

業界サイトにも書かれていたPhocusWireには「Zero digital experience at senior board level」と書いてます。これは高齢化爆進国すべてに当てはまる現象だと思います。潤沢な資金を持ち、上手に舵取りすればまだまだ利益を積み上げられるはずの経営者層がデジタルの意味を理解できずに情弱すぎて自滅のパターン。嘘のようなホントの話。

定番のskiftにはクックの次に「Operator Cox & Kings the Next to Fall? Debt-addled Cox & Kings appears to be teetering on a brink of collapse.」とな!3ヶ月の賃金未払いや即日解雇が絶賛進行中。嘘か誠か「bankrupt」や「shuts down」の文字もチラホラ。いよいよ業界最古参が逝く気配です。

Cox & Kings faces the heat of Economic Slowdown, allegedly removes employees without notice | HW English

CNNではトーマス・クック・インドは影響を受けないと書かれていましたので世界のどこかで名前は残りそうです。

BBCには2017年に逝ったモナーク関係者の声として「"an analogue business model in a digital world".」だそうです。これが問題の全てでしょうね。トーマスクック航空も売り先を探していたとありました。つまりデジタル化に遅れて自滅したわけですが、これを知って放置し、甘い汁を吸い尽くしたったFosunもいかがなものかと思います。

 

デジタルは全産業を駆逐し再定義する

この業界の紙の多さは異常でした。理由はシンプルで、国境を超える出入国カードも国数だけ異なるフォーマットが必要で、システム化も手間ですし国による様式変更も頻発。紙質や寸法もバラバラ。今から30年前は出入国カードがドットプリンターで印字されただけで拍手していた業界です。そこに日程表、パンフレット、手配書などなど。その原型を作ったのがトーマスクックですが歴史ある会社こそ自分たちが作った手法を変化させなければデジタル時代に残れないお手本のような逝き方です。

そして今回逝った会社、これから逝きそうな会社の共通点は「かつての顧客に喰われる」現象。

人間が肌で触れて感じる、視覚的に受け取るサービスの数々は旅行業に限らずさほど変化していないし、変化したところで人間が体験できる質、量、時間は限られています。でもそこが顧客との接点なので油断して「まだ大丈夫」と思っている間にユニコーンは100%デジタルのローコスト展開。歴史が長い会社ほどバックオフイスが複雑化しすぎて捨てられない現象のようです。

ちなみにこの本の後半にこんなことが書かれています。「クックが各サプライヤーに支払いを保証する証書類は、実に80種類以上の異なるフォームがあった。これに比べワゴンリ社は17種類のヴァウチャーがあるだけだったし、アメリカン・エクスプレス社に至っては1種類だけで、しかもトマス・クック社のように、5枚もコピーを作成するようなことはしていなかった。」。

もちろん昔しのことで、その後コンピューター管理に変化しますが、実はこの本の英語版は1991年、日本語版は1995年に出版されました。つまりトーマス・クックが絶好調の頃で話しが終わっています。絶好調で文章が終えられるのでかつての栄華を素直に楽しめる奇跡の一冊です。

 

AI時代に残るヒューマンな仕事のひとつが「旅」

クック時代の世界一周で立ち寄った日本は今だとニューギニア航空に乗ってパプアニューギニアに降り立って鼻にニワトリの骨とか刺してる風貌の人を目にするようなインパクト。日本が文明開化の頃といっても実生活は新旧入り乱れた様相でしょうし、目に飛び込む景色は摩訶不思議だったと想像します。洋風を醸し出す都会と貧乏を絵に描いたような田舎との落差。

それが今では全く姿を変えてしまいました。日本の変化は世界の中でも群を抜いてますね。ここから和洋折衷とか和モダンを展開するわけですから。同じ国とは思えない面白さがあります。興味がある方は是非検索しまくってトーマス・クックの歴史を味わってください。絶対にハマると思います。

私も若き日に食らったことがある即日解雇で辛い思いをされている方が大勢いるようです。即日解雇ってマヂで凹みますよ。私も半年ぐらいは立ち直れませんでした。今回の場合だと降り立った空港で飛行機が差し押さえられて終了。そこから歩いて家に帰るクルー達です。本当に歩くかどうかは別にして、それぐらい惨めな思いに苛まれます。

かなり分厚い本ですが読み応え十分です!

ここ数年、欧州ではそこそこ有名な航空会社がバタバタ倒れてますよね。モナーク、エア・ベルリン、ゲルマニア、トーマスクック、エーグル・アズール、XLエアウェイズ。やっぱり世界はリセッションに爆進中なんでしょうね。でも始まりがあれば終わりもあります。世に永遠なし。

私の世代が懐かしむロゴはコレ。R.I.P. Cook

それにしても旅って面白い仕事ですよね。人が絡むのでワクワクしちゃうのかな。

INFORMATION FOR TRAVELLERS VISITING JAPAN. - en1

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