シャッター商店街を眺め、棚田を眺め、日本の未来を眺め

地方移住
この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

2050年に国土の2割が無居住エリアになる日本まであと33年ですが先日の高知県大川村の村議会廃止検討ニュースは「やはり予想より事態は深刻だし早く進んでる」という印象でした。

大川村は地図で見ると新居浜市の南に位置していても四国山脈の壁は険しそうです。走っているバスのルートをグーグル見学してみましたが、こんな村々は日本の至る所に点在しているような気がします。この村の歴史も一言では語れない物語がありそうですが…。

原発問題もしかりですがここは水源として手入れが必要な地域だと思いますが、殆どの人はリアルビジネスと一緒で川上と川下に接点がないと思ってるんでしょうね。この村が行なっている「どんぐり銀行」は村が存在する意味を問いかけていますね。詳しいことは紙芝居を見れば1分でわかります。

しかし既に生涯どんぐりを手にすることが無いような場所に人が増え続けるというジレンマ。

ブロックは存在していてもチェーンが切れそうな事態なんですね。そこで地域おこし協力隊とかやってるわけですが少子化だと言っているのに年齢制限40歳とか最長で3年とかチェーンが切れる仕組みというのが…とか思う今日この頃です。地域おこし協力隊も8年目だそうで、ネットには参加者の告発的生声もチラホラ。勉強になります。

さてと…

新聞に「空き店舗解消へ課税強化、地方創生で政府方針」という見出しを見ました。私がウロウロしている地方にも本当に見事なシャッター商店街があります。たぶん地方共通の悩み。そういう場所で何か新しい枠組みを考えられないか(カラッポの)頭を捻り倒している日々ですが、この見出しは良い傾向に思います。

都会に居ると都会の感覚に麻痺してしまい、不便さを微塵も感じないのでこんなニュースはどうでもよい内容ですが、自分の足で地方を見て回ると抜本的な手入れが必要であることを感じます。もう少し言えば都会からの反復横跳びで田舎の空気は読めても飲めません。

先週150キロほど移動して地方の町々村々を車で見たのですが「この空き家、いま潔く手放せば若者が目をつけて新しいビジネスを始めるに違いない」という場所も多々見受けられましたが手放さないで「僅かな固定資産税だから持ってるパターンかなー」なんて妄想しながら移動を繰り返していました。

おそらく持ち主は高齢者で(大正)昭和感覚が抜けきらず、代々引き継いできた家だし「正月ぐらい集まれる場所を」みたいな呪縛を楽しんでいることと思いますが、そんな悠長な感覚が通用するのもあと1-2年。

「空き店舗を「遊休資産」と位置付け、活用に取り組む自治体を重点支援すると強調。住宅や住宅兼店舗が立つ土地の固定資産税は、最大で本来の額の6分の1に減税される特例があるが、空き店舗の場合は対象から外すことを検討する。店舗の所有者に有効活用を要請しても応じないケースなどに限定して適用する方向だ。」

年金があり、資産を持ち、お年寄りは何歳まで生きたいんでしょうね。

銀行には使い道を失ったお金が増え続けています。赤の他人がとやかく言うことでもありませんが、この状態で「うちの町は終わってる…行政が悪い…」とか言う方がタチが悪い感じ。

アーケード付き商店街にもかかわらず建物の骨格を残したまま駐車場と化している場所は山ほどあるわけで、そうなる前に手立てを考えられない持ち主もちょっと残念な思考。いくつかの街で商店街を歩きながら指折り数えましたが事業用建物の2割は確実に絶命済。地域にもよると思いますが3割が死に体の印象です。

数字で2割3割と書いても「その程度?」と感じますが、実際に歩くと歯抜けだらけの散々な印象ですよ。例えば「お店・空き家・駐車場」と並べば次に営業しているお店は10m先だったりします。

このままいけば団塊Jr以下は雀の涙のような年金とわかっているのにこの状態というのは滅びるのを待っているようなもんだと思っていました。それでも「どこかの誰かさんが使えるものを手放してくれないかなー」なんて思いながら車窓の景色を眺めていました。今は駐車場に変えて一時しのぎしている方も、そのうち車の数も減るわけで…。

今でこそ家主優位な社会環境ですが、それもあと数年。少々我慢比べに感じもしますが黙っていても空き家&空き地だらけの時代が来ますので、しっかりビジネスを妄想しながら自分のスタイルに合ったものが出てきたら手をつけたいとか思っている今日この頃。

先日限界集落へ出かけました。里山は田植えも終わり初夏。都会は暑いですが田舎は涼しい風が吹いています。アメンボ、オタマジャクシ、トンボ、ヤマカガシ、蝶、ホタル…破壊と創造を繰り返しながら減っている日本人を横目にノビノビと生きている感じでした。

share

コメント