いのちの使い方「命とは時間ですょ」

ありがたい一冊
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日野原さんという高齢の有名なお医者さんがいらっしゃいます。

本で読むぐらいしか知りませんが、100歳を超えても未だ探究心は衰えずiPadを使いこなしFBを楽しまれる方です。

生命力の強い方は「探求力も実行力も並外れているな」とかおもう今日この頃です。

さてと...

この本は2年前に東京での待ち時間に読んだ本でいつか取り上げたいと思ったまま2年が経ってようやく登板です。日野原さんも来年は105歳と思うと半分も生きていない私は複雑です。「人間は100歳まで生きる時代なんだ」という感情と「生きづらい時代だし残り20-30年でも十分」とか思ったりします。

(もちろん生きたいと思っても願いが叶わない人がおられるので甘えたことも言えません)

誰でも「人間はなんで生きているのか」とか「人生に意味はあるのか」といったことを考える時期があると思います。加齢と共に体の不自由も増え行動に疲れが増し会話に「ほれ、あれあれ」みたいなことが増えるからかもしれません。ここ2-3年は前者のことを考えることが時々ありました。この質問に即答できる人は少ないと思います。

「あなたなんで生きてるの?」って聞かれて答えられない人というのはとても幸せな状態の人だと思います。皮肉ではありません。

この本を手にしたのも答え探しのようなものです。

日野原さんは「命=時間」と書かれています。年始にメモしたドリュー・ヒューストンも似たようなことを言っています。どちらも使い方次第で人生は大きく変わります。

人生時間は限られている : Drew Houston Commencement Address MIT 2013
今更ですが、ふとしたきっかけでドリュー・ヒューストンの動画をクリックしました。この動画のことは以前にも触れたような気がしますが...MITでの有名なスピーチです。ここで出てくるキーワード「30,000」ですが、私の場合すでに折り返しを過ぎております。

こんなことは少し考える時間を与えられれば思いつくことですが「ところであなた、なんで生きてるの?」って聞かれると返事にとまどう自分の理由を考えていました。

今年は仕事の流れもイマイチでしたし体の故障も連発。耳、鼻、肩と散々でした。

そんな自分にマイナスな状況で改めて生きる理由を考えていました。仕事は頼めば貰えたり、耳も鼻も肩も限度を越せば病院に行って状況を把握し必要に応じて対応もしました。こういった一連の流れを振り返りながら出た答えはとても単純でした。

私が「仕事ちょーだい」って言ったら「あいよっ」って仕事をくれる人がいて、「耳が聞こえない」って言ったら「あいよっ」て治療をしてくれるお医者さんがいる。当たり前のことですが当たり前じゃないんですね。これがビジネスの基本だったりします。

つまり「私困ってまして」と言えば「どーしたの」と気を使ってくれます。仕事も一緒。

日々の生活は独りでは成り立っていないということです。故に「なんで生きてるの?」って聞かれれば「生かし(活かし)てくれる人がいるから」という答え。

この質問に答えられない状態が幸せと書いたのは生かしてくれる人がいるから気にならないという意味です。「なんで生きてるの?」という質問に答えられる人は悩んだ末に自分なりの答えを持っている人だと思います。今年は「ありがとうこざいます」をポロっと、サラっと形式的に言う時でも「(私を生かしてくれて)ありがとうございます」と思ってしまう癖がつきました。

(こーゆーことは万人が学校の低学年で習うべきだよね)

帯に「人生は失敗ばかり、後悔ばかり、という人ほど、いのちの使い方があるのです 」って書いてあります。サラっと読める深い本です。

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