常識と非常識の間で

ひとりごと
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イギリスのユーロ離脱に関するニュースが世界を騒つかせております。こういうニュースを見るにつけ「昔は何ら気にすることなく時が流れてただろうになあ」と思います。実際に離脱すると大変になることは当然ですがどうなるんでしょうかね。英語で世界を席巻した国とはいえど、国家根底のアイデンティティがあるでしょうし…などと思いながらニュースに興味を持っております。

さてと…

今年も半分が終わってしまいました。今月は直近10年で最も厳しい月となっております。公私共に。

何より最も辛い出来事は、今までにも何度か触れているのですが難聴に難儀しているということです。飛行機に乗ったわけでもないのに突発性難聴(だろう)というものを患いました。お陰様で片耳の聴力が極端に低下しており、自分が発する声の音量にも自信がもてない有様です。

目が見えないというのも辛いと思いますが耳が聞こえないというのも辛いですね。

悪くなってわかるのですが、耳と目と口というのは絶妙に連携しているんですね。

難聴ですから耳の調子が悪いのですが音の聞こえが悪いと鼻の通りも気になります。幾分か鼻呼吸が辛い状態なんですね。そうなると口での深呼吸をしなければ落ち着かないということがあります。体というのは全体で機能していることを思い知らされる日々です。

撮影はともかくとしても編集は支障の極み。耳が聞こえ辛くなってから早1ヶ月。長引くようであれば仕事内容も再検討が必要と悩んでいるところです。

そんな中久しぶりに電波少年の横断縦断動画を見ていました。改めて見るとびっくりするほど荒っぽい編集なんですが、昔はアレでも視聴者の気をひくことができたんですね。ヤラセ有無の点は置いておき、内容は今でも画力があります。

漫然と動画を見ながら自分の脳が常識に完敗していることを改めて感じていました。企画とはいえ主人公が無一文になり、その場で仕事を探し、仕事が無く、野宿するということ。しかも海外で。それが何週にもわたって繰り返されます。

最もインパクトが強いシーンは野宿です。寝袋&テント無し。

常識的には無茶するにもほどがある企画内容ですが概念による思考回路呪縛の恐ろしさを改めて感じておりました。しかしネットを見ていると野宿情報もチラホラ。皆様たくましいですね。聴力が回復したら無茶なことにも挑戦したいと思う昨今です。

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