魚は水 人は人の中―今だからこそ伝えたい師小野田寛郎のことば

ありがたい一冊
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先日女性用商品のデザインを知りたくて百貨店の女性フロアを歩いていましたが、中国語しか聞こえませんでした。これだけ増えると確実にインバウンド売上好調を実感します。声の大きさも文化でしょうかね。しかし30年前に同じことを日本人がやっていたかと思うと、品の無さも浮き彫りになります。集団ではなくひとりの時こそ品格が問われるな、とか思う今日この頃です。

さてと...

昨年、小野田さんという有名な方が亡くなられました。

一頃この方の動画をネットで探しては見ていた時期がありました。今もそれは残っているので機会があれば見て欲しいと思いますが、この方が密林から戻られた時は険しい表情であったものの、その後の余生でメディアから伝わる印象は常に笑顔ということでしょうか。語られる言葉も「生死」というキーワードから明確に伝わる「生きることへの執念」があるせいか、文脈に筋が通っており観ているこちらも背筋がピンとなる思いです。

このなかで印象的な会話があります。この方は中国、ルバング島、ブラジルとそれぞれの地で生きてこられたわけですが、ブラジルの広大な小野田牧場を小さいと言い切る行です。ルバング島を30年間隅から隅まで知り尽くすと、それに比べて牧場は小さいという幅。それでも農場は1200ヘクタール。広大と感じるのは凡人の小さな尺度です。こういう幅を捉えられる人でありたいと思います。

いずれにしても豊かな自然で生活をすれば、自然な笑顔が得られるのではないかな?と思います。

「魚は水、人は人の中」というのは小野田さん生前の語録。

この本は語録と平たい解説だけなのであっという間に読み終わるのですが、やはり自然から学んだ教訓が言葉になると深いですね。全く隙がないし理に適っています。帯に「人と人との関係を問い直す」と書かれておりますが、全くその通りの内容。特に親子関係や子育ての項目はシンプルですが頷きながら目を通しておりました。

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やはり親子というのは似るんですね。とっても。親を見れば子が分かり、子を見れば親が分かる。そういう幅で育っているからではありますが、何事もやってみせ、言って聞かせることは大事だと痛感します。

私は親子で旅行というのが殆ど無い家庭で育ちましたが、山登りをしたり、キャッチボールをしたり、プールに行ったり、釣りをしたことは鮮明に覚えています。ヘビに気をつけながら山に登り、真っ直ぐの球が投げられるように言われ、25mは泳げるように息継ぎし、釣った魚を三枚におろして食べる。全ては当たり前のことですが、大人になるとそれを思い出しては真似て生きているわけです。そういうことは歳を取っても忘れないことです。

川の水はいつでも飲める  山の実は年に一回しか味わえない

川のありがたさはすぐに分かる  山のありがたさは分かりにくい

戦争は人殺しですし、ご本人も30人以上殺したという殺人者です。つまり世間へは全く口にしていない引出しを墓場まで持っていったはずです。小野田さんの人生は紆余曲折でも概ね美談で語られますが、行間を読むと生易しい人生ではないですね。それでも帰国後の誠実で透明な「生き様」からでる言葉は人の心を動かします。実に不思議。殺人鬼では無いんですね。でも人を殺しまくった人です。「戦争だから仕方ない」では片付けられない行為が戦争というのをいろんな面で考えさせられます。

最近この国であまり聞くことは無くなった忠誠(Allegiance)についても考えさせられます。この時代の日本人は国内外でこれを試されました。こうして時に反省しては前進するのが人間ですかね。晩年は子どもの成長にも尽力されたことで知られていますが、親子関係にも通ずる名言がてんこ盛り。おすすめの一冊です。

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