固まる

ひとりごと
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今年は何が起こっても驚いていては前に進めないほど世界で色々なことが起こる年なんだそうですが、2月初っ端から衝撃的事件の結末に虚しさを感じる今日この頃です。

さてと...

約2週間ほどシリアのニュースに振り回された感があります。こういう事件が起こる都度に自己責任論が浮上し「守れ」とか「守るな」とか...色々な考え方があるわけですが、個人的には東北の震災後久しぶりに感じる「固まる」という事象でした。自分の常識や知識に持ち得ないことについていけない自分が居ます。

日本も刀を腰に差して歩いていたのは少し前の話しですが、これを今の時代に国際社会でネットを通じてスマホで見せられると、現実との極端な差異は違和感を通り越して固まるような...変な感覚を覚えました。グローバル経済の尺度だけでものごとを片付けることへの鬱積が歪んだ形で発散されているようにも感じます。アイデンティティの共感、寛容、理解といったことへの認識の浅さも自己反省です。

自己責任という言葉も事件が大人数になれば容易に掻き消される気がします。

亡くなられたお二人の人生背景に差はあると思いますが、後者にフォーカスした情報は人命の質量に違いがあるようにも感じます。

図らずも、こういったタッチな事件が起こるたびにYouTubeの確固たる知名度が増します。振り返れば尖閣の問題以前はネット動画など殆ど見向きもされなかったことも思い出しました。

編集している身からすると、この様な残忍なデータを編集するには極度の心労が伴い、常人であれば何らかの病気になると思います。いわゆるPTSD。平気で編集できるとすれば脳の機能が麻痺し壊れているとしか思えません。

ほんの数日間で常識やルール無用の情報に溺れ、自分にとっては新たな常識を整頓し、殆ど知識のない場所や状況を稚拙な知識で想い巡らしていました。仕事とは何ら関係のないことですが、このようなことに無関心でまともな仕事は成せないと思います。


固まった自己に鞭打って前進したいと思います。

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